第23話「変わる季節⑤」
「安心した」
「え?」
振り向くと、窓からの薄明かりの中に、柊羽が見えた。
桜太の隣の布団の中で、天井を見上げたまま。
―― 安心って?
「…なにが?」
「ん? ゆずとうまく行ってるみたいでさ」
「……」
柊羽の言葉をどう受け止めたらいいのか。
――だって、知ってるんだろう?
それでも、安心したと言う柊羽の気持ちが読めない。
今、柊羽の心に、ゆずはどう映ってる?
聞きたくても、言葉にはできない。
桜太と同じ…いや、もしかしたら桜太以上に心の中のゆずの存在は大きかったはず。
そう簡単に消えてしまうものじゃない。
「あいつは?」
「えっ?」
「西澤ってヤツ」
「あ、ああ…今のところ落ち着いてるけど…」
「けど?」
少し言いよどんだ桜太に、柊羽が身体を起こしてこっちを向いた。
「いや…」
単純といえば単純だが、光季との息苦しい寮生活から解放されている今、桜太の頭の中から光季のことはすっかり消え失せていた。
光季自身、ゆずと2人きりのデートが叶わなかったあの日以来、桜太の前でゆずのことを話題にしなくなったのだ。
桜太は問題が解決したわけではないと思いつつも、家に帰ってきたことで、まるで別の次元の話だったように光季のことを考えるのをやめてしまった。
結局それは、逃げているだけだともわかっていた。
同時に復活する、弱い自分。
逆に、絶対にゆずを手離したくないという、もどかしい想い。
答えを見つけられなくて、行ったり来たり。
心が、葛藤する。
「…やっぱり、オレじゃダメなんじゃないかって…」
何度そう思ったことか。
「オレより、柊羽のほうが…って」
「怒るぞ、桜太」
自分でも酷いことを言っていることは、桜太も気づいていた。
以前の柊羽だったら殴られていたかもしれない。
ともすると、柊羽のゆずを思う心を冒涜するほどの言葉。
けれどやっぱり、柊羽は以前とは違っていた。
「桜太…」
自分を呼ぶ柊羽の声が、桜太は悲しげだと思った。
驚いて見上げた柊羽の表情は、怒りでも悲しみでもなく。
優しい顔だった。
――柊…羽?
「桜太じゃなくて誰がゆずを守ってやれるんだよ?」
ゆずを守る――。
それは自分だと、口にしなくてもいつも全身でそう発信していた柊羽なのに。
「おまえしかいないだろ?」
――おまえは?
問いかけたい思いを封じ込めて、桜太は柊羽を見つめた。
「オレが認めたんだぞ、喜べよ」
「でもっ…」
――本当にそれでいいのか?
「でも、きっと柊羽だったらもっとうまく、ゆずを守ってやれる…もっと幸せにしてやれるかも…」
「それはあり得ないな」
「え?」
なんの躊躇いもなく即答した柊羽に、桜太は納得できない問いをぶつけていた。
「好きな人でもできた…?」
柊羽は以前とは違う場所に、ゆずの存在を封じ込めてしまったような気がした。
そうだとしたら、ゆずの他に心を占める誰かがいると考えるほうが自然だ。
それなのに、何かが違うという思いのほうが強かった。
否定して欲しかった。
柊羽に、ゆず以上に好きな人なんていてほしくない。
自分勝手だけれど、柊羽が否定すれば、そうだよな――と笑って納得できる。
「……」
照れるわけでもなく、驚くわけでもなく。
柊羽はしばらく考えていた。
やっぱりその表情は、ゆずの他に好きな人ができたとは、とうてい考えにくいものだった。
今も、ゆずが好きで好きで、愛しくて――。
なのに柊羽の答えは。
「ま、そういうことにしておくか」
そのほうが都合がいいとでも言うように、笑ったのだ。
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