安静初日。朝ごはんだけはいつも通り私が用意した。

そのほかの家事は全て夫がやることなった。

 

夫は、安静だからね!と言って、家を出る前に色々用意してくれた。

 

まずベッドの近くに飲み物として、水と煮出したデカフェ紅茶を置いていった。デカフェ紅茶は丁寧なことに魔法瓶に入っていた。

お昼ご飯として、昨日の晩をカレーにし、温めるだけで食べられるように用意した。

おやつとしてナッツの袋もベッドのある部屋に持ってきた。

さらに暇だろうからと、なぜかアマプラのチャンネルを「キテレツ大百科」にあわせてベッド横に置いていった。

 

なぜ、キテレツ大百科なんだ……見るけど。

 

そんな至れり尽くせりな状態で安静生活が始まった。

 

職場には一週間休むことを伝えたときに、わからないことがあれば電話かLINEしてほしい、と伝えていた。

携帯は枕元に常備。

 

昼間はなるべく寝ないように気をつけて過ごした。

夜寝れなくなるのが嫌だからだ。それに職場から連絡があるかもしれない。

 

スーパー暇だった。

キテレツ大百科を見ていると眠くなった。

 

夕方、夫が帰ってきた。

いつもの帰宅時間より一時間くらい遅かった。

 

夫は仕事帰りにスーパーに寄って、明日からの私のおやつや、レンチンで食べられる昼ごはんを大量に買ってきたようだった。

ベッド横に置いた机の上に、買ってきたご飯たちが山になった。

 

「いっぱい買ってきたねー」

 

嬉しいやら何やら変な感じだ。

 

こんなこといつ以来だろう。

小学生以来だろうか。

体調不良を理由に気を遣われるなんて。

大人になってからは、病院に行ったら即入院が決まったほどの体調不良でも、全部自分一人で対応してきた。

家族は遠く離れて暮らしているから、それが当たり前だった。お見舞いに来てくれるだけ嬉しいと思っていた。お見舞いに来るのですら大変な距離だからだ。

 

「ありがとー」

 

それなのに私は月並みな言葉しか言えないのだった。

ありがとう以外になんと言えばいいのやら。

 

だが、驚きはそれだけに止まらなかった。

ご飯たちを並べ終えると、夫は仕事用のカバンから一冊の雑誌を取り出した。

 

それは、初めてのたまごクラブ、だった。

 

「どうしたの?これ。たまごクラブ、買ってきたの?」

 

びっくりしている私に夫はこともなげに言った。

 

「暇かなーと思って」

「いやまあ、そうなんだけど」

 

たまごクラブはちゃんと“初めての“たまごクラブだった。

夫からたまごクラブを受け取ると、妊娠がわかってからというもの、感じ続けていた思いが頭の中に溢れた。

 

誰も私の妊娠を認めてくれていない、という思いだ。

 

誰も私が妊娠してるって、大変なんだって、お腹の中には子どもとして生まれてくるかもしれない存在が宿っているって認めてくれていないように感じていた。

通勤途中、体調が悪くても、立ち止まることすらはばかられた。

病院で妊娠を確認してもらっても、先生の態度は曖昧だった。

エコーに写っていたとしてもその妊娠を信じていいのかわからないほどだ。

それに追加して昨日の病院とのやりとりだった。

私は本当に妊娠しているって信じていいのか、そう周りの人たちに対して表明していいのかわからなくなった。

助けてもらいたいのに、それを要求していいのか、その資格がないかのように感じていた。

不安になりながらも、休みの手続きをするために、やれることをやっていたのだ。

 

けれど、夫は私が妊娠したと信じてくれていたらしい。

 

私は泣いた。

感動して泣いたのかもしれない。あるいは、安心したのか。

それは自分でもよくわからない。

まさかたまごクラブに泣かされる日が来るとは思いもよらなかった。

 

この妊娠はダメになるかもしれない。

そうだとしても、今は妊婦だった。

妊婦だって思おう!!と私は心に誓った。



そのときのたまごクラブ