昨年のこの日この時間。
どこまでも脳天気な私は、他のお客さんたちの騒がしい声に、有名人が来ているのかな?くらいに思って、お手洗い帰りに手を拭きながら、前列に歩いていた。
それが14:45くらい。
昨日は、それから1年間、自分がやってきたこと考えてきたことなどを思い出しながら、出演者と一緒に、座席で起立して黙祷を捧げてきた。
雲仙の火砕流から、ずっと災害にはまとまった額を寄付している。
額じゃないけど、親に額を聞かれて答えたら、夫の親も自分の親も、私らはしなくていいねと言われたくらい。
返さなくても良い修学資金や手当をもらって育った私。
公務員でもあり、給料は、その幾許かでも社会に返そうとずっと思っていたので。
それしかできないから、自分には。
思いとか、言葉とか、そういうものより現物が大切。
災害のとき、エンターテインメントはどうあるべきか。
その在り方について考えたと、私の座長は何度も言った。
芸能人、各界著名人がもたらす影響、その効果は膨大。
たとえ売名行為と叩かれようと、アイドル目当てに声あげて来る子達がいようと、
お金が集まればそれでいい。
それが赤ちゃんのミルクに、紙おむつに、衛生材料に、仮設住宅や公園の整地しなおしに繋がれば。
私の座長は、自分の仕事を続けることで、人を元気にすることができる。
若い後輩たちも、一生懸命自分たちにできることを模索している。
昨日東京ドームに集まった17万人のファンたちに拍手を贈りたい。
言葉のためだけに言葉に、はっきり言って意味はない。

昨年3月、ACのCMと災害の報道ばかりでドラマの先が見られないと言ってひどく叩かれた主婦がいた。
私は擁護のコメントを入れた。
ドラマの先は一つの例えでしょう。
私たちは、街が機能している場所にいてやるべきことがある。
心で思うことは大切だけど、仕事に行かなくてはいけない。
家族に食事をさせて、日々の生活をして経済を回さなくてはいけないんだと。
通常生活に戻る必要があったわけで。
遅かれ早かれ、置かれた立場で多少違っても、一人一人がやるべきことは明確にそこにあったはず。