本当の名前は東 千里(あずま ちさと)
隼人(はやと)ってのは後でつけられた名前だ。
そう、
俺は女の子だった。
せっかく親がつけてくれた自分の名前が女の子っぽくて
中学時代どれだけ嫌だったか・・・
今の名前はすごくしっくりくるしお気に入りだ。
俺は通信制の高校に通っている17歳。
幼稚園に上がってからよく母親に
「なんで僕にはおちんちんがないの?」と聞いていた。
「だって千里は女の子でしょ。それと・・・女の子なんだから「僕」と言わないで「私」と言うようにしなさい。」
なんで・・・?
なんで自分は男の子みたいな髪型にさせてもらえないの?
どうして仮面ライダーばかり見てるとプリキュアは?って聞いてくるの?
ズボンはいて学校は行っちゃダメなの?
「僕」って使うと注意されるし言葉の最後に「だぜ」ってつけると「だわ」にしろってうるさく言われる・・・
男の子のトイレ使おうとすると追い出されちゃうのはなんで?
ねぇ・・・誰か教えてよ
小学校に入ってからもこの疑問は続いた。
低学年、中学年の頃は男子と休み時間も放課後も遊んでた。
周りの女子は変な目で見てたけどそれがなんでだか分らなかった。
高学年になって前まで一緒に遊んでた男子が
「お前、なんで女子たちと遊ばないの?」
と言うようになり、少し自分と距離を置いていくようになった。
なんで女子と一緒にいないとみんな不思議に思うんだろう。
だって俺は男だし・・・自分が女子っていうのがどうしても考えられない。
俺がスカートはくなんて気持ち悪いし。
やっぱり話が合うなって思うのは男の友達だし。
小学校6年生の時にはクラスで仲間外れにされるようになった。
みんな「お鍋お鍋!」と自分を呼ぶようになって
給食の時に茶碗ごとに分けて班で1人ずつ集めて持っていく制度があったんだけど
自分の茶碗だけ誰も回収してくれなかった。
移動教室の夜のキャンプファイヤーの周りで踊るときも、
俺とは誰も手をつなごうとしなかった。
どうしてみんなが避けていくのか理解できなかった・・・
両親は見て見ぬふりをしていた。
`性同一性障害´
という名前の病気があることは知っていたが、自分の娘がその病気だとは認めたくなかった。
中学に上がるとまず仲間外れ以前に千里には辛いものがあった。
「制服」だ。
このスカートがどうしても着たくない。
気持ち悪くて仕方がなかった。
女装している感じにしか思えない。
制服が届いたらすぐに部屋の引き出しにしまった。
見たくもなかった。
中学にはほとんど行かなかった。
まず制服という壁と周りからの白い眼。
やっぱり自分は何かがおかしいんだ、というのを中学に上がって深く感じた。
中学はほとんど行ってなかったが、一応通信制の高校に上がれた。
周りから自分を切り離して生きていこうと感じた。
中学の時から引きこもりがちになりつつあった千里は16歳になったある日いつも通りインターネットを部屋でしているとふいに(自分みたいな人ってこの広い世界に何人かはいるはずだけど・・・みんなどうやって乗り越えてるのかな)と疑問に思い調べてみた。
「あった」
それは自分と同じように男性として生きてきたつもりが周りの人からは受け入れてもらえなかったという24歳の高山健人さんのブログ。
「私は20のときに性転換手術を受けました。それからは世界が変わりました。やっと自分の世界が周りの世界とつながったように思います」
千里はこれを見て大きく自信を持った。
「自分も・・・」
それからは本当に苦労した。
親には何度も頼み込んだ。
何度も泣いた。
親も泣いた。
でもやっと理解してもらえる時がきた。
16歳の3月26日。
性転換手術を受けた。
それから名前も変えた。
隼人という名前は自分で考えた。
最後の「と」だけは昔の自分があって今があるって思いたかったから残しておいた。
本当に世界が、空気が、全部つながっているんだって感じた。
