お金に枯渇し過ぎておかしくなっていた私はぶっ倒れて手術しても自分を苦しめる働き方を変えなかった。
だから偏頭痛の発作も頻繁に起きるし体は倦怠感しかなく検査では全く異常が無いのに高熱を出した。
自分で追い込んで病んでいく体と心。常に余裕が無くイライラしている。
自分にもムカついてるし外側にも優しくなんてならない。
子供達に対しても必要以上に怒り散らす。
こんな私でいたいんじゃないんだって。
なにやってんだ自分と思っているけどお金は労働の対価でありその労働は苦しいものという事がこびりついて離れない。
だからどんどん苦しまないとお金が入らないと追い込む。
だから苦しんでるっつーのにお金が無い。
なんなのこれ。
当時の私をこうして書き連ねると痛々しく引く。
ドン引きだ。
過去を掘り下げお金は無いというのは勘違いだった。
臨時収入の概念を採用したらお金は労働の対価だけではなかった。
それでもなにか引っ掛かっていたのはお金を得る手段のひとつであるその労働が苦しいものだったことに対してか。
ならば労働、私にとっては今の仕事、これと向き合ってみよう。