ご訪問ありがとうございます!
今日もとっても暑いですね
息子は在職中はお腹の中で
出産後は山や谷を共に乗り越えた
戦友のような存在です。
そして息子は染色体異常の一つ
13トリソミー症候群です。
障害があっても育てていける
そう思っていたのに
私を待っていたのは葛藤の連続でした。
理想を捨てるのはとても難しい
だけど幸せを感じるには
自分の「こころ次第」だということを
この生活を通じて感じる事もできました。
このブログでは息子と親(主に母)のこれまで
心の揺れ動きなどを思い出しながら
書いていっています。
なんとなくでも読んでいただけると
嬉しいです!
息子が入院していた時
私が見た感じでは同じような染色体異常で長く入院している赤ちゃんはあんまりいなさそうでした。
人間とは贅沢なもので、その状況に慣れると「もう少し」と思ってしまうもの。
私もNICUからGCUに移れた時には「次は退院!家に帰る!」が目標になりました。
最初に書いた通り、息子のように長く入院している子はあまりおらず、気がつけば退院していなくなっている、ということが3ヶ月の間に結構ありました。
また置いていかれた
家に帰れて羨ましい
ただでさえ母乳を直接のあげられたり、私より普通に育児できたりして見えるお母さんたちが、家にお子さんと帰られるというのは、とんでもなく羨ましくてたまりません。
私にはまだまだ幸せは訪れない。
全然の赤の他人のことだから、羨んでも私には何にも関係のないことなのに、その度にガッカリと落ち込みました。
6月に入院して8月の末には退院するという目標が掲げられたものの、検査をすると不安要素が現れ、その度に延期になってしまって。
気がつけば息子の居場所も面会廊下側のフロアになって、そこは新生児病棟の最終フロアみたいなところでした。
そんな中、唯一、おそらくですがたぶん染色体異常があるんではなかろうかという赤ちゃんがいて、その子も長らく入院していました。
お母さんは自宅からバウンサーを持って来て、ベッドサイドにミニ扇風機、CDラジカセからはかわいい歌。
その空間だけゆっくりと時間が流れているようでした。
ちゃんと話したことはないけど、なんとなく仲間がいたー!という感覚で。
そんな風に思っていたある日。
いなーーーい!
赤ちゃんは退院して、その親子がいた場所はポッカリと空間ができていました。
また1人になってしまった…。
残されたCDラジカセは私たちが使うようになり、なんとなく寂しさを感じたのでした。
NICUで仲良くなった!という話も聞いたことがありますが、全然そんな雰囲気はなかった…。
私の目が血走ってた?
でも皆そんな雰囲気じゃなかったんですよね。
それぞれに不安をかかえて、目の前の我が子に、この先の未来に、向き合うことに必死だったのかもしれません。
慣れない育児に体調面での不安。
NICUからの卒業は新たな始まりでもあります。
卒業していったみんな。
どうしているかな…。
焼鳥食べに行きたいです。
焼酎をかっくらいたい!
宮崎の地鶏焼きもいいなぁ