下山状況
お久しぶりです。ここ最近、なぜか文章を書こうという気持ちになれず、少しブログから離れていました。下山状況としては、ほぼ完全に地上に降りてきたという感覚がある。今までは、体は地上にあるけれど、魂が宙に浮いていて、あの世に近い(高い)位置にいるという感覚があった。今も、あぁこちら側の世界で生きていくんだ・・・という、再認識というか、覚悟というか、そんな感覚があるので(精神が正常な時はそんな感覚ないと思う)まだ、回復過程の途中にいるんだという感じはする。これで、”あちら側”を意識しなくなったら、かなり正常に近づいている証拠になる。前回も同じように感じた。休職して5ヶ月目。前回の給与から比べれば、不安、恐怖、焦燥感といった精神症状が格段に穏やかで、体力と抑うつの回復を落ち着いて観察できた。そんな風に穏やかに過ごせたのは、旦那が、ぶれずに、温かく、ゆったり見守ってくれ、常に安心と私の体調に合わせた安らげる、楽しめる時間を与えてくれていたおかげだと思う。本当に感謝しかない。そして、そんなところから、今日初めて頭の中に浮かんできた言葉が「生きたい」というものだった。ふわっと、突然この言葉が頭に浮かんで、この先、私はどんな風に変化していくんだろう、この先、私の周囲はどうなっていくんだろう、その変化を見ていくのが楽しみだから、この先を生きたい、と思った。本当に驚いた。こんなことを思う日が来るとは思わなかった。完全に、常にこの言葉を抱いているわけではないが、この言葉が浮かんだということが本当に大きな進歩だと思う。そして、もう一つ気づいたことがあって、自然と自分が生きていること自体、生かされていること自体に感謝する気持ちが出てきていた。今までは、「生かされている」ことが苦痛で、存在していることに罪悪感があった。それは、何か悪いことをしているから、とか、何かを失敗したから、とか、嫌われている、好かれていないから、とか、何か理由があってのことでなくて、存在していること、それ自体に罪の意識というか、申し訳なさというか、自分なんか・・・消えてしまいたい、という漠然とした前提があった。それは積極的に死んでしまいたいとか、今の状態から逃れたい、とか、そういうことではない。この世に自分が存在していることが、周囲の中に自分がいることが、申し訳なくて、迷惑なような気がして、(よく考えれば自意識過剰w)すっと、いなかったことになりたい、そんな前提があった。だけど、なんか、まだ完全に自分のものにしていないから、うまく文字にできないけれど、私もこの世に参加していていいんだなぁという全然違う気持ちが芽生えてきた。さらに、そういう気持ちでいると掃除とか身支度とか、今まで苦痛だったことが全然苦痛じゃない。本当に不思議な発見だった。パッと浮かんだだけで、書き留めておかないと消えてしまいそうだったから、思いつきでバーっと書いた。この小さい小さい芽をこれから少しずつ育てていきたい。では。