〇”最後の”ヒーロー って言うのなら、最後まで みんな にとってのヒーローであってほしかった
→この みんなにとって っていうのは、特に野本英斗にとっても根尾光誠がヒーローであってほしかったという事!
最終的には、二人とも根尾光誠にはなりたくないといえる状況だった。そんな中で本物の英斗は強制的に根尾光誠にさせられていた。
だったら英斗と根尾光誠が神社で対峙した時、外見は英斗の根尾光誠は、「もとに戻る方法を考えるから」「俺さえいなければ」などといった、責任を感じていると思えるような、自責の気持ちを含むような発言や葛藤があればよかったのではと思った。
根尾光誠、つまり自分さえこの世に存在しなければ英斗という被害者を出さずに済んだ。自分のせいで一人の人間が苦しむことになっている。それに対する謝罪的な感情が見えず、「話を聞くから」などとなんだか他人事。本物の英斗にとって彼は全くヒーローではなくなってしまっていた気がした。
最後 がどこまでを含めているのかは分かりません。商店街にとっての最後のヒーローという事だったりするのかもしれません。でも、やはり作品を深い見方で観たいという気持ちがある以上、”最後”の意味は広く解釈したいものです。そう考えると、やはり 最後まで、みんなにとって という意味であってほしい!
巻き込んでしまってごめんという気持ち、そして俺が何とかするからというヒーロー的な振る舞いをしてほしかったという気持ちが、ありました。