イタリアのシチリアで時間の計算をする場合、裏の計算式を常に頭に入れておかないと、イライラが募ることになる。島に来て半月がたち、最近気づいた。それは8倍に見積もること。「あと2分」と言われれば、2×8で16分になる。これは、心の安寧を保つ旅の極意である。

 タオルミーナに来て2カ所目の宿でのこと。部屋にコップがなくて、ガラスコップを持ってきてと係に頼んだ。そのとき若い男性スタッフが「ドゥエ、ミヌーティ」と言った。2分待って、である。

 熱い太陽の下、タオルミーナにそびえる標高529メートルの城塞(カステッロモーラ)に歩いて登って、歩いて降りて、スーパーマーケットでメッシーナの冷えた瓶ビールを買って帰った、その時のことである。部屋にコップがないのだ。ちょっと文章が長すぎた。早くビールを飲みたい気持ちが募っている。

 2分という返事を聞いて安心した。もう少し我慢しよう。メッシーナビールのラベルには「BIRRA MESSINA Cristalli Sale」と書いて、船の絵が描かれている。アルコール度数は5%。塩の結晶とはどんな意味だろう。そんなことを考えていると3分過ぎた。

2分と言っていたのに。マリオは仕事の遅いやつだなあ。さっきの男性スタッフの名前がマリオかどうかは知らないが、たぶんそんな感じがした。

 8分、9分、10分•••••。マリオは来ない。

 ビール瓶の表面の水滴がテーブルを濡らしている。もう、無理だと思ったとき、マリオは部屋をノックした。16分経っていた。見ると手に紙コップを持って立っていた。

 その時の自分の顔を鏡で見たら、東大寺南門の阿吽像に似ていたと思う。メッシーナビールはラッパ飲みした。

 タオルミーナ4カ所目の宿に、さきほど帰ってきた。街で宿替えするのは、より安く快適な住処にたどり着くためである。さまざまな予約サイトがあるが、僕はBooking.com を愛用している。agodaはサイトの反応が鈍く、Expedia は高級宿ばかり出てくる。

 さきほど(9月3日)午後3時ごろ、定宿に帰った。部屋の掃除が終わっていない。いつものことである。フロントで掃除をしておいてと言って再び、外出した。冷たい水とビールとアランチーニを買って、4時ごろ戻ると、まだ、部屋の掃除が終わっていない。

 廊下ですれ違った係の女性に「部屋の掃除はまだ?」と尋ねると、マリアは「ファイブミヌーティ」と答えた。彼女がマリアかどうかは知らないが、きっとそんな名前だ。

 イタリア人の名前には規則性がある。アルファベットのOで終われば男性、Aで終われば女性なのだ。マリオ、マリア、ジュリオ、ジュリア、フェデリコ、ファデリカ•••。もちろん、例外もありますが。

 「ファイブミヌーティ」。僕は学習していた。8をかければいい。5×8=40。40分後に部屋に戻ればいい。5分後に戻るからイライラするのだ。

 40分待とう。屋上テラスでアペロールを飲みつつブログを書けば、そのぐらいの時間はたつだろう。

 そう、ここまで書き終えて、部屋に戻った。掃除は終わっていた。この瞬間、少しだけシチリア人に近づいた気分になった。さて、アランチーニとメッシーナビールで晩飯としよう。