部長月田です。
スカイハイボールは「軽さ」が特徴です。

ベースの「知多」は1972年(昭和47年)に建設した蒸留所で作られ、「マッサン」の竹鶴が自ら1967年(昭和42年)に宮城峡を探し当てました。この二つの共通点は”日本人のため”のブレンデッド・ウイスキーに必要な「グレーン・ウイスキー」の蒸留所として建設されたことです。

年代を見ると、昭和47年は佐藤哲也、昭和42年は私が生まれた年。そして、ぴぐぷらすのお客様も同世代の方が多いと思います。
竹鶴政孝、既に他界した鳥井真次郎(昭和37年没)の「日本人の口に合うウイスキー」への想いと、関われたように思えませんか?
今日は「スカイハイボール」から行かなきゃ、もったいない!!
そんな気持ちになりました。

追伸・・・品切解消、紅葉ハイボールも再開しています(笑)