ルサンチマン ブログ -27ページ目

ルサンチマン ブログ

わかんないことだらけ

ダーウィン前夜の進化論争/松永 俊男
¥4,410
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 ーウィンの進化論に至るまでにどのような背景や議論がされていたかが

書かれている本です。

 チェンバーズという人の『痕跡』という本に、

「金属化合物の水溶液に電気を通すとダニが発生する」

というような記述(もちろん誤りのようですが)があるなど、

生き物とは何か?と言った感じで

生物と無機物の境界に不安定さがあった時代だったようです。

なぜ若者はトイレで「ひとりランチ」をするのか/和田秀樹
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 達がいないのが嫌なのでなく、友達がいないと思われるのが嫌、

故に見つからないところで飯を食べる。

というのがこの本の趣旨です。


 友達というものが、純粋に楽しいからなるものである以外に、

友達の数がその人の社会的信用・クレジットを表す意味合いが

強くなってるということでしょうか。


 徒競走でみんな一緒にゴールしよう、というような平等主義的な考え方が

流行ると、逆にどこで人との優劣をつければいいかわからなくなる。

そういう世界での優劣の指標が、友達の多さになるのかもしれないですね。

平等に仲良くできる = 友達多い = まともな人間 = さらに友達増える

といったクレジット欲しさに

どちらがより平等であるか競い合う、

という新たな競争の形ができているのかもしれません。


 子供に顕著ですが、ネット上でもマイミクやピグともの数を競ってケンカしたり、

あるいはケンカになった時、「自分のほうが友達が多いから自分に従え」といったような

政治に使われる場面は見るに耐えません。


 気持ちは分かるけどね。

大人のいない国―成熟社会の未熟なあなた (ピンポイント選書)/鷲田 清一
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 家族の子供は同性のロールモデルが一つしかないことや、また、
価値の同じ人同士が結婚すると、子供は二人の考えを相対化できず、
思想統御状態になる可能性があるのだとか。
 

 音楽一家とかそういうポジティブなものならいいけど、
頑張らなくても生まれたときからオンリーワンみたいな
受け身な考え方を子供に強いることになったらよくないかも。

漱石―母に愛されなかった子 (岩波新書)/三浦 雅士
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 手が自分を呼ぶ名を、自分のものとして名乗るのは
相手の視点を自分に取り込むこと。
自分とは、他者になること、他者が自分になること、
だそうです。

 

 漱石の、母に対する「じゃあ消えてやるよ」といった、
必要とされてないと疑う感情は、自分を母の側に、
母の身になって初めてできることだそうです。

 

 まあ、相手の身になりすぎるのも良し悪しという事か。


 漱石はよく寄席を見に行っていたそうです。現実と隔離されている感じが
好きだったそうなので、うるさい人がいる時はとても不快に思っていたようです。

映画館もそうだけれど、隔離された空間は楽しいですよね。

西日の当たる教室で/千原ジュニア
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 友とは友達のいない人が考えた言葉とか、平等を主張し始めるのは
諦めたときとか、いくら服に凝ってるといっても男のスカートは行き過ぎとか。
ルワンダ中央銀行総裁日記 (中公新書)/服部 正也
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 虐殺など民族対立で知られるルワンダのツチ族フツ族ですが、

元々は
ツチ族   → (土地を貸す)
(サービス)←  フツ族
といった互恵関係が元々あったのだそうです。
(地主と小作農の関係のようですが)
 

 また、下級のツチ族は自分で土地・牛を持ち、
公務員。・教員としてフツ族の隣で平和に暮らしていたそうです。


 大国の代理戦争に巻き込まれてしまったということでしょうか。

汝の敵を愛せ:Dangerous Emotions/アルフォンソ リンギス
¥2,730
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・別のパートナーために再利用できるような愛で、自分のパートナーを愛す


・自分の能力やエネルギーの感情を放出しないのは、
私たちの人生を内なる悲しみで満たすこと


・合理性は普遍的な人間性という概念を生み出した


・どんなシステムも不完全なところがあり 、生き生きとした心は
その不完全性を味わうのである


あまり読み取れなかったので、自己啓発集になってしまいました。


最初の言葉はRADWIMPSも似たようなこと歌ってましたね。