- 現代戯曲の設計―劇作家はビジョンを持て!/ゴードン ファレル
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人生は運名という台本どおりにすすんでいる、という意見を
聞いて、そういう運命を劇と例える比喩が可能なら、
なら劇ってなんだ、という疑問で呼んでみました。
アナロジー大好きです^^
脚本家はビジョンを持て、というのがこの本の趣旨でした。
脚本の作り方でも、リアリズム系のものは、ちゃんと原因・伏線をつくり、
その因果として結果・出来事をつくっていくアクション・ストラクチャーという
手法が使われるそうです。これだと原因の分かる変化が描かれることになります。
逆に、因果の分からない、とか不条理な展開を含む描き方などは自然主義と呼ばれるそうです。
紹介されてる劇作家の中でも、ベルトルト・ブレヒトという人物が印象的でした。
メロドラマにばかり興味を持っている観客に、
どんな力が人生を形作っているのか、注意を世界に向けてほしい、という姿勢で
演劇を作っていて、因果を描くにしても道徳的な因果を描くわけでもなく、
不必要に感情に訴えず、異化効果と呼ばれる手法で観客を劇から疎外するという
バランス感覚に興味を惹かれました。
彼の時代は、恐慌や産業革命による変化・複雑化で、人々に無力感が漂っており、
そのためその中で観客を不必要に移入・扇動することなく(答えは自分で考えさせる)、
世の中の変化は可能、という主張を届けようとしたようです。
あとは、ダーウィンの進化論の因果から、世の中や生物の進化には
時間・世代が必要なため、個人では変えられないのではないか?という
議論が出ていたのですが、それはそのとおりだな、と思いました。
関連して、色々なことに世代的な時差があるのかも、というようにも思います。
RADWIMPSの『夢番地』という曲にも書かれていますが、
今の努力を享受するのは未来の人、昔の人の努力を享受しているの今の人、
といったような世代的なズレ・時差があるように思います。
若者が悩むのも、現代の問題に直面しているが悩む暇のない壮年世代の悩みが
若者に委託されているようにも思えます。
デリダを少し読んだのですが
こういうズレ・誤配も、デリダのいう「差延」と呼べるのだろうか?
とか思いました。
メモ:
・プラトン - 演劇は感情を高ぶらせるから禁止すべき
・イプセン『人形の家』 妻になるためにはまず大人にならなければならない、
と夫のもとを去る
・リアリズムは解決策そのものを差し出さない
ー 20世紀のプロパガンダの反省から、いかに生きるかを他人の意見次第に
してはいけないという教訓
・ノザケ・シャング - 一人の女性の内面を7人の人物で描く
・表現主義 - 産業革命による流動性とともに発生
・あなたは私が体験したことの重大さがわかりますか?