- 生殖の哲学 (シリーズ・道徳の系譜)/小泉 義之

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自己複製するのが生命である、と言われますが、
では、自分と親、あるいは子は同じ「自己」か?
と言われたらそうではないと感じると思います。
(同じ種でありますが。)
「自己」とはどこまで含まれるのか、その定義というのは意外に曖昧です。
抜けた自分の髪の毛は自己か?
怪我したら自動で体を作り直してくれる細胞は自己か?
自分の誕生を意思したのは自分ではありませんし、
異物が侵入したときに免疫を出すのも自分で意思するわけではありません。
必ずしも自分で意思しなくても、
生物は「自己」複製していると言えるのなら、
機械もまたある種の自己複製しているのではないでしょうか。
(人が親で機械が子、機械自身は意思せずとも誕生する)
蘭の花が受粉という生殖を、ミツバチを介しているように、
(もっとも蘭はミツバチなしでも単性生殖できるようですが。)
機械も自己増殖・生殖を人間に委託したある種の生物といえると思います。
と、攻殻やドゥルーズに影響されてこんな事を考えていたら、
同じようなことがこの本に書かれていて興味深かったです。
人間が媒介となって人工生命体や、機械は増殖していると見ること
だってできる。すると現在の段階ですでに、人工生命体や機械は
自然界の特定の生殖様式に従って生殖できる生物であるということになる。
人間はすでに生物を作ることに成功していることになります。 p47
色々なオブラートに包まれて、思考の対象に中々ならない生殖に関して
きわどいところまで議論してる本でした。
この本だと、人が媒介する生殖に関して
フランケンシュタインの話を例に出していました。
フランケンシュタインは
「自分と同じ怪物の女を作って欲しい(そうすれば愛される)」
と自分を作り出した博士に頼むのですが、
一旦了承した博士も、
そんなことしたら悪魔の一族が地上に広がってしまう、と
約束を破ってしまいます。
この話はフィクションですが、色々な要素が詰まってると思います。
ダーウィンが家畜や植物の人為的操作と
自然の生殖に大きな違いを見ていなかったように、
考え方によっては、人工生命なんて賛成・反対以前に前から行われていた
普通の事かもしれません。、
人が生命を作り出すのは神に反すること、という考えもありますが、
著者はどちらかというと多様性を生み出すものとして推進していってもよい、
という立場のようです。
私は人工生命体、と聞くと少し拒否感があります。
でもそれを拒否することは、排除的・優生学的とも言えるかもしれません。
難しいです。
メモ:
・ハート・ネグリ 反帝国の描写はバイオ用語でなされる
・愛・性 = 永遠の命があるから死んでもいいという理屈
→ 死の不気味な轟きを受け入れる
・生きてるから死ぬのでなく、生むから死ぬ
生殖は自殺の一形態
・ダナ・ハラウェイ「悪を仮想したいあまりに、核の廃人に帰す」
・妊娠補助技術 → 不妊の人に限って適用
→ 高齢、同性愛、事実婚の人は不適用
・単性生殖が可能になる → 性愛の解体
・家畜 → 生を与えることによってでなく、死を与えることによって人工調整
・資本・金融・債務
→ 制度は次世代がいることを前提にしている・死後の生殖を当てにしている