ラップ音が響くオンボロ屋敷。ついに起きた、洒落にならない出来事

介護の仕事をしていると、いろいろな家を訪問することになる。

新築のマンションもあれば、昔ながらの一戸建てもある。きれいに片付いた家もあれば、足の踏み場を探すような家もある。利用者さんが暮らす環境は、本当に人それぞれだ。

そんな中でも、今でも妙に記憶に残っている家がある。

統合失調症を患っている利用者さんの家だった。

一言でいえば、かなりのオンボロ屋敷である。

建物そのものが相当に古く、あちこちに傷みが目立つ。壁も床も、長い年月を経てきたことが一目でわかる。今どきの住宅のような明るさや清潔感とは無縁で、どことなく薄暗い雰囲気が漂っていた。

もちろん、古い家に住んでいる人は珍しくないし、建物が古いからといって何か問題があるわけでもない。

ただ、この家には、そういう一般的な古さとは別のものがあった。

とにかく、音がするのである。

誰もいないのに、パキッ、ミシッ

古い家というのは、いろいろな音がするものだ。

木材が温度や湿度の変化で伸び縮みすれば、壁や天井から音が出ることもある。建物の構造によっては、風が吹くだけでも何かがきしむ。

理屈ではわかっている。

しかし、実際にその場所にいると、話は別だ。

静まり返った室内で、突然「パキッ」と音がする。

しばらくすると、今度は天井か壁のあたりから「ミシッ」。

誰かが指で壁を叩いたような音がしたかと思えば、少し離れた場所から、また別の音がする。

いわゆるラップ音というやつである。

もちろん、音がしたからといって、すぐに心霊現象だと決めつけるわけにはいかない。建物の老朽化や配管など、原因はいくらでも考えられる。

それでも、あの独特の雰囲気の中で音を聞いていると、つい余計なことを考えてしまう。

ここは、ひょっとして何か出るんじゃないか。

そんなことを思わせる家だった。

心霊番組なら、間違いなく舞台になりそう

テレビの心霊番組などで、廃屋や古い日本家屋が登場することがある。

薄暗い廊下、染みのついた壁、古びた建具。そして、誰もいないはずの部屋から聞こえる正体不明の音。

ああいう場所には、独特の説得力がある。

ところが、テレビなら怖がって帰れば済む話でも、介護の仕事ではそうはいかない。

利用者さんがそこで生活している以上、こちらは必要な支援をしなければならない。怖いからといって、簡単に訪問をやめるわけにはいかないのだ。

それに、こちらは怪談を聞きに来ているわけではない。

仕事で来ているのである。

だから、妙な音が聞こえても、できるだけ気にしないようにする。

「古い家だから、こんなものだろう」

そう自分に言い聞かせて、目の前の仕事を進める。

しかし、人間というのは不思議なもので、気にしないようにすればするほど、かえって音が気になったりする。

普段なら何でもない物音でも、あの家では妙に耳に残った。

しかも、建物全体がくたびれているため、どこに何があっても不思議ではないような感じがする。

まさに、心霊現象が起きてもおかしくなさそうな家だった。

そして、ついに怪我をしてしまった

そんな家で、とうとう怪我をすることになった。

それまでにも、建物の古さや使い勝手の悪さは気になっていた。しかし、実際に怪我をしてしまうと、話はまったく違ってくる。

心霊現象なら、原因がわからなくても「何だったんだろう」で済むかもしれない。

だが、怪我はそうはいかない。

痛みがある。仕事にも影響する。場合によっては、治療や休業が必要になる。

介護の現場では、利用者さんの身体状況だけでなく、生活環境にも注意を払わなければならない。床や段差、家具の配置、動線の確保。そうした一つひとつが、安全に関わってくる。

古い家だから危険だと決めつけることはできないが、建物の傷みや設備の不具合が事故につながる可能性はある。

そう考えると、あの家の不気味な雰囲気も、単なる怪談話として片付けるわけにはいかない。

ラップ音が鳴ろうが、何かがきしもうが、それ自体が怪我の原因だとは限らない。

本当に気をつけなければならないのは、目に見える危険のほうなのかもしれない。

怖いのは幽霊よりも、現実の危険?

心霊現象というものは、原因がわからないから怖い。

だが、介護の仕事をしていると、もっと現実的な怖さに直面することがある。

老朽化した建物。使いにくい設備。十分とはいえない生活環境。そして、そこで暮らし続けなければならない利用者さんの事情。

統合失調症という病気があるからといって、その人の話を何でも病気のせいにするのは違う。実際に音がしているのなら、建物や設備に原因がないか確認する必要もある。

一方で、音がするからといって、超常現象だと決めつけるのも早計だ。

大切なのは、何が起きているのかを冷静に考え、安全を確保することだろう。

……とはいえ、あの家を思い出すと、やはり少しばかり不思議な気分になる。

静まり返った室内に響く、正体のわからない音。

古びた建物の、どこか頼りない空気。

そして、最後には本当に怪我までしてしまった。

怪談なら、ここで「その後、さらに恐ろしいことが起きた」と続くのかもしれない。

しかし、現実の介護現場では、そんなふうに話を面白くまとめて終わるわけにはいかない。

怪我をしたら、原因を考えなければならない。危険があるなら、対策を考えなければならない。

幽霊がいたかどうかは、結局のところわからない。

ただ一つ確かなのは、どんなに不気味な家でも、そこで働く人間にとっては怪我をしないことが何より大切だということだ。

……それにしても、あのラップ音。

今でも、あれはいったい何だったのだろうと思うことがある。