日本人の体位の向上によるのかというと、そんなことはないので・・・


その証拠にわたしの外壁塗装事務所の事務机の高さは低くなっています。


20年ぐらい前は机上面が床から74センチで事務機器の標準規格(JIS)もそうでしたが、かなり前から70センチが標準になりました。


これは平均身長が伸び、さらに若者の足が長くなっているのと見かけ上は逆行する現象です。


作業台が高いと身をかがめる必要が減るから腰の疲れは軽減します。


しかしそれはあまり力を使わないで済む食器洗いや野菜刻みなどの場合で・・・


下に向かって力を入れる作業、たとえば出刃で魚の頭を落とすとか、固くなったのし餅を切るとかの仕事はつらくなります。



私が 外壁塗装 の仕事と家の設計を始めた頃・・・


台所の作業台の高さの標準は80センチで、既製の厨房セットはすべてこの寸法でできていました。


ところが、「段差のある」父母の家では、母の希望で5センチ高く85センチにしました。


母がそう望んだのは親戚の家のアメリカ式の台所を見ていたからで、ご存じのように欧米の厨房の作業台はさらに高くて90センチほどでありますが・・・


それではちょっと過激と思って中間をとったらしいです。


ところが今は85センチが標準となっています。


住宅史の本によると、戦前は72センチ程度で、それが戦後1950年代半ばには75センチになってきたそうで・・・


それから80センチ、85センチと台所の作業台はだんだん高くなってきているのです。



2年前に他界した父は、かなり口うるさい人間でしたが・・・


床の段差については、自分の身体が利かなくなったことを嘆きこそすれ、私に文句を言ったことはなかったのです。


長年、 外壁塗装 の仕事と住宅の設計をやってきて思うに、人間の暮らし方はそう変わるものではありません。


だから住宅の設計も、その基本・・・


つまり空間の流れと溜まりの配置の仕方はそう変わらないと思うのですが・・・


細部では時代の影響による変化があります。


たとえば台所の細部はこの20年でずいぶん変わりましたね。


これはさまざまな厨房機器が入り込んできたことによりますが、最も基本的なのは作業台の高さの変化です。




住まいというものは美術品ではないのですから、時に耐えつつ変貌していくのはいたしかたないことです。


しかし、一方、この経験によって段差の多い家を設計したことを反省しているか、というと、そんなことはなく・・・


元気だった頃の父は床のレベル差から生み出される空間の変化と雰囲気、そして 外壁塗装 を十分に楽しんだのですから、それでいいのではないかと思っています。


高齢者社会の兆しが濃厚になってから「お年寄りの住まいには段差はいけない」という類の情報が新聞・雑誌にしばしば載るようになりました。


しかし、その情報過多に釣られて・・・


身体壮健な年頃の人が、老いに備えて初めから段差のない家をつくるというような選択をするとしたら、なにか佗しいですよね。



周囲に壁がないので床から頑丈な支柱を立ちあげ・・・


台檜の目透かし張りの壁に合わせて檜の手摺を造ったのですが・・・


部屋の中央にこういうものが突出するのはかなり目障りです。


しかしこの手摺が晩年の父を動きやすくした効果は絶大で、高齢者の住宅にはこうした配慮が不可欠なごとをあらためて実感しました。


父母の家にはこの他にもほうぼうに段差があるので、それらに次々と対応していくうちに、家中が手摺だらけになり・・・


オリジナル・デザインの雰囲気はかなり損なわれました。


しかし私はそのことを別に残念とは思っていません。


数ヵ月後には外壁塗装もしてあげました。




テレビと暖炉のある居間の床は食堂のレベルから60センチほど下がっていて、その低い部分の縁にゆったりしたソファー、アームチェアが埋め込まれています。


このように床から掘り込まれた部分は、そのことによってかなり広いリビング・ダイニング全体から柔らかく分離され、落ち着いだ領域を形成します。


事実、ここは父のお気に入りの場所で・・・


とくに 外壁塗装の仕事から半ば隠退して在宅時間が長くなってからは、ソファーで仮眠したり・・・


部分的に床暖房をした床に足を投げ出しソファーの座の部分に背をもたせかけた姿勢でテレビを見たりしていることが多くなりました。


ところが、父の足腰が弱ってくると、この段差が問題になってきました。


食堂との間の3段の階段を上がり降りするのによろけたり転んだりするようになったのです。


そこで慌てて手摺をつけました。




地球の軌道に年代わりの標識があるわけではありませんから・・・


私たちの星は常と同じようにめぐりつづけます。


宇宙とは巨大な無関心であり、それは人類の運命など思い遣ることなく・・・


まして私たち一人一人のささやかな生には関わりなく存在しつづけます。


しかしそうであるからこそ、いわば仮に定まった時の節目にあたって・・・


来し方を思い行く末を生き抜く人生の連続感を確認することは、実に人間的な営みと言えるのではないでしょうか。


さて数年前、私が大学院在籍中に 外壁塗装をし、家の設計した父母の家には、あちこちに床の段差があります。


床のレベルの変化は空間を壁で仕切らずにいくつかの領域に分けるのに効果的な手法の一つで・・・


たとえば父母の家ではリビング・ダイニングの食堂と居間の領域が床のレベルによって分かれています。




連続性がそういうもので満たされていれば理想的ですが・・・


記憶の中には辛い体験、思い出したくない出来事もあります。


辛かったことを細部まで思い起こしてこだわりつづけるのは愚かですが、その反面、まったくなかったことにして自分の人生から消去してしまうことはできません。


それも自分の一部だったとして引き受けていくことによってアイデンティティの時間性・・・


つまり人生の連続感が保証されるのではないでしょうか。


私が自分の内側と感じる時空間の片隅には「少年」が依然として息づいでいます。


私は彼を大切にしてやりたいのです。


少年と今の私とは、考え方も感じ方も大きく変わっていますが、それでも、私は、国を愛する気持ちを抱きながらも、権力が時に非情に、酷くなり得るものだということを決して忘れません。


こうして今日もわたしは外壁塗装の仕事をするのです。


 

誰しもいつまでも子供ではいられないし、 外壁塗装 などの仕事に就職すれば学生気分ではいられません。


夫婦になれば恋人同士と同じではいられません。


しかしそうして変わった時、前の自分を捨て去るのではなく、それを新しい自分の中に統合していく必要があるでしょう。


そうでなければ私たちは自分の人生の一部を失ってしまいます。


アイデンティティ・・・


つまり「自分が自分であることの確信」の根拠は、ある特定の時の役割の統合だけではなく・・・


時の流れの中でいくつもに分かれる複数の自分の統合、つまり自分の連続性の確認でもあるのです。


CMの中の夫婦が帰っていくのは新婚時代か恋人の時期か・・・


いずれにしろ幸せな記憶の中へでしょう。




「会社、休んじゃえば」に先立つ「家で飲む贅沢」シリーズの第一弾では、夫婦の酒宴の最中に妻が「さ、そろそろ帰りましょ!」と言います。


「えーっ、ここうちだぜ」と夫、そこで妻は「ですから、帰りましょ、あの時に」と微笑みつつ言うのが実に色っぽく・・・


ま、これはできすぎた光景ではありますが、時の中に「帰りましょ」と言える場を持つことは人生の救いであり支えでもあります。


「会社、休んじゃえば」は、アイデンティティの根拠が外壁塗装などの仕事と家庭の双方にわたるさまざまな役割の統合にあること・・・


つまりアイデンティティの空間的広がりを示唆していました。


その関連で言えば「帰りましょ、あの時に」はアイデンティティの時間的な広がりを示しています。


私たちの気持ちや考え方は人生の時々の状況や役割によって変わっていくのです。