段宜恩,活在当下(マーク、今を生きる)

madameFIGARO 2020年4月刊

 

スケートボードに乗って飛びまわる

 

 マークに初めて会ったのはソウルのとある撮影スタジオだった。

 

 「スケートボードが僕のデビューの恩人なんです!」どのようにスカウトされたのか尋ねられたマークは意気揚々と、そしてスラスラと彼の最も愛するものーースケートボードについて語りはじめた。元々高校生の頃のマークは他の高校生と同じように家と学校の二点を往復するだけの生活を送っていた。しかしながら思いがけない小さなスケートボードとの出会いが彼の平凡な生活に限りない彩りを添えることとなった。

 

 偶然出会った趣味はいつしか夢中になって片時も手放さなくなるまでになった。スケートボードについて切り出せば、普段は寡黙で口数の少ないマークも一瞬でおしゃべりになってしまう。思い出してみれば、あの日まさにスケートボードのおかげでマークのあの力強い“一跳び”があり、そしてその“一跳び”こそが少年の人生を変えたのである。

 

 あの日の昼ごろ、マークはアメリカの学校の校内で友達とご飯を食べていた時、上機嫌でスケートボードについて話していた。その時ふと昨日友達が壊してしまったスケートボードのことを思い出し、マークは突然力いっぱい跳び上がり石のテーブルの上に乗った。そして笑いながら大声で「スケートボード弁償すんの忘れるなよ!」と友達に言った。誰が知り得るだろうか。どのような巡り合わせか、まさにこの“一跳び”がマークを人の群れから飛び出させ、平凡を飛び出して韓国のエンターテインメント界に飛び込ませたのだ。

 

 ちょうどその時、JYPエンターテインメントのスカウトチームのチーム長がマークとその友達のそばを通りかかっていた。この時チーム長はアジア系の学生が半数を超えるアルカディア高校でスターの卵を探そうとしていた。その時テーブルの上に跳び上がったマークは“鶏郡の一鶴”(凡人たちの中で一人だけ際立って優れている例え)であった。さわやかで抜きん出ていて活力に溢れ、太陽のようでハンサムでスマートな少年だ!どんなに探しても見つからないような人材がひょっこりと眼前に現れ、チーム長は内心宝物を見つけたように狂喜した。

 

 この当時のことを思い出してもマークは冷静だった。「あの時はまだ若かったので具体的な将来の計画は何もありませんでした。アーティストになりたいとは考えたことさえありませんでした。それにアメリカでは一部の映画を除いてはこのようなスカウトは少なかったので。」その年、韓国のアーティストについて理解のあるマークの両親は以前からマークに、JYPエンターテインメントは韓国の三大芸能事務所の一つなのでマークが望めば反対しない、と告げていた。しかしそれでもマークは依然としてこのことを気に留めていなかった。友達がこの知らせを聞きつけるまでは。マークの友達は知らせを聞きつけて、滅多にない機会だから試してみたらとしきりに勧めた。そうして初めてマークはこのことを真剣に考えはじめた。

 

 昨日までぼんやりとしていた少年はこの出会いをきっかけに未来についての思索を始めた。

 

 人生は無数の選択の連続で、選択によって異なる人生が展開していく。学校とステージ、ステージと学校、音楽の基礎がまったくなかったマークにとってこの選択をすることは難しかった。しかし彼はよく知っていた。青春は賭けだ、それで負けても心残りはないのだ、と。勉強はいつでもどこでもできるが、舞台の幕は二度とは彼のために開かないのだ。そして、2010年、マークは遠く微かに光る星のような夢を詰めた旅行カバンを背負って独り韓国の旅へ踏み出した。

 

夢との偶然の出会い

 

「人生の階段にはその一段ごとにやるべきことがあります。僕はこの一段ごとのことをちゃんとやりさえすれば、今の生活をよく過ごせさえすればよかったのです。だから僕の以前の生活は他の人と同じで毎日学校に行って下校して遊んで、とシンプルで楽しいものでした。もしあのような思いがけない出会いがなければ、僕も大学に行き、就職し、仕事をするというような普通の人生を歩んでいたでしょう。」マークは夢に向かって計画を立てるのが得意なタイプではない。しかし、人生の最もシンプルな真理を分かっている。それはーー今現在を把握すること、だ。

 

 スカウトとの偶然の出会いによってマークの元々の静かな生活は壊され、彼の穏やかな歩みは乱されてしまった。しかし予想だにしなかった未来への大きな扉が彼の前に開かれたのだ。実のところマークはオーディションを通過しJYPエンターテインメントの練習生になるまで、果てに待っているのが花束と拍手か、悲しみと無念かさえもまったくわからなかった。

 

 練習生生活がスタートするとともにかつての静かで心地よい生活は二度と戻らず、トレーニングのプレッシャー、学業とトレーニングを並行させることの辛さ、知らない土地での孤独がそれに取って代わった。これらがマークの中に一気に湧き出てきた時、それでも彼の意志は固かった。マークは電話越しに母へ告げた。

 

「もし今このように勉強とトレーニングを並行して続けていたらどちらもダメになるかもしれない。韓国に来たからには事務所のトレーニングを第一にしようと思う。」この決意はマークのステージに対する熱い愛から来るものだ。学校のように月末テスト、中間テスト、期末テストがあり、練習生たちは定期的に審査を受ける。マークは言う。審査のステージで初めて自分のしょっぱい汗の後の甘みを感じ、ステージの魅力を体感したのだ、と。この時から彼はステージを愛し始め、更に韓国で必ずデビューするという決心を固めた。

 

 知らず知らずのうちに夢は初めてマークの心の中に芽を生やしたのだ。しかし一回一回のテスト、評価に直面し、一歩ずつ成長したマークは相変わらずただ笑いながら言う。「今現在を把握できてさえすれば、求めるものとの予期せぬ出会いは起こるのです。」

 

 マークの夢は決して大きいとは言えないが、マークはいつも現在自分のいる環境の中で自分独自の明日を見つけ出す。最近興味があることについて尋ねると、マークは今はファッションデザインについて興味があると言った。10年あるいは20年後のファッション界に段宜恩(マークの中国語名)という名のデザイナーがいないと誰が言えるだろうか。

 

小鳥のような幸せ

 

 もし少しも遠慮なく非現実的な夢を持っていいとしたらマークはこう言うだろう。「僕は飛びたい。小鳥のように翼を広げて自由に大空を飛び回りたい。」と。

 

 マークがスケートボードを好むわけはほとんどこれに尽きる。スケートボードで疾走する時のスピード感、空に躍り上がる時の飛翔感は拒むことができないほどマークを惹きつけ続ける。マークの素晴らしいところは仕事と生活に向き合った時、彼がいつでもよい平衡感覚を持ち続けていることだ。マークは厳しさと緩やかさを持ち、働いて、また休んで、仕事の時には全力投球し、休みの時には生活のすばらしさを楽しむことができる。

 

 マークは自分の今の仕事が好きではあるが、疲れてもう二度と仕事をしたくないと思うまで仕事をしようとはしない。もしかしたらこれこそが皆がマークについて世によく知られているようでよく知られていないように感じる原因ではないだろうか?

 

 人気が命とみなされるエンターテインメント界において、マークのようにそれをどこ吹く風と気にせず前に進むアーティストはもうあまり多く見られない。これはもしもっと遠くへ歩きもっと高く飛びたいなら、ちょっとの間も(人気を気にして)軽率に前進すべきでないことをマークがわかっているからだ。目の前の中国のエンターテインメント界に対してもこのような気持ちが同じように重要だ。

 

 今年自分に期待することについて問われたマークの返答に私たちは驚かされた。「目標はもちろん重要ですが、僕は幸せに過ごせる方がいいです。心の中の計画や目標は人に幸せを感じさせるかもしれません。ただたとえ野心的で大きな志を持っていたとして、それを実現する過程では不安や不幸せな気持ちが満ちるでしょう。その中に幸せを少しも感じられないなら、そのような目標はむしろ僕には要りません。僕は自分が何をしていたとしてもそこから幸せを感じたいんです。」

 

 もともと何気ない質問だったが、マークのこのような変わった返答を聞き、更に続けて、幸せとは何かと質問した。その答えもまた他とは違っていた。「プレッシャーがなくて心が平穏で安らかであること、それこそが幸せです。もちろんプレッシャーがないということはプレッシャーがゼロということではありません。そのプレッシャーが許容範囲内ならそれはプレッシャーとは思わないのです。」マークの人生の中で仕事はもちろん重要だが、生活こそが最も大事なことなのだ。ーー仕事をするのはまさにより幸せに生活するためなのだ。

 

 シンプルで飾り気のない考えは人々全員が本当に理解できるわけではない。まだ20代で少年らしさ溢れる太陽のような男の子は、しかしながらこのようなマインドを持ち、知らず知らずのうちに人を感服させる。決して遠くない未来にマークが花でいっぱいの幸せな人生の道を歩むことができることを信じよう。

 

 ずっと前のあの“一跳び”がこの清らかで澄んだ少年を人々の視野に飛び込ませた。来た道を振り返ってみても、少年は初心を忘れず、“ファンの愛に背かない”ために常に感謝の気持ちを心に抱いている。

 

 このような少年が、マークなのだ。