その日が来た。
前日の面会では
「こえー」と、
ジェットコースター前の恐怖感のノリ。
その日の夕方、
息子が発熱した。
39℃。
ただ、ご機嫌で元気だった。
保育園へ預けようと思っていたが
それはあきらめ、
翌朝すっきりと解熱した息子を連れて
タクシーに乗った。
兄たちも休みを取り、足を運んでくれた。
本人は泣きながら
歩いて手術室へと向かった。
どれだけの怖さなのだろう。
待合はあっという間だった。
しかし息子は兄たちの前で緊張しており
警戒していた。
恐らく、大人側の無意識の緊張感が伝わっていたろだろう。
待ち時間の合間に耳鼻科を受診、ただの風邪だろうとのことで鼻水を吸ってもらった。
夕方また外に出させてもらった。
息子と公園をのんびり散歩した。
愛おしい時間だった。
木々を眺め、落ち葉を拾い
近場を走るバスの音に耳を傾けた。
ゴスペルをきかないか、と声をかけられた。
もしや怪しい勧誘?と考えたが
野外なのでまあよいかと思い、ついていった。
涙が溢れた。
病院へ戻った。
前日の説明では
4時半、ときいていたが一向に呼ばれない。
息子はおやつをすこしだけたべ、おっぱいを飲み夕ねをした。
兄は息子と仲良くなろうと、
紙飛行機を作った。
徐々に打ち解けるおとこたち。
夜は折り紙に夢中になっていた。
もう諦めて
むすこのために一足先に帰ろうか、と思っていた。
気づけば8時前
やっと呼ばれた。
脳外科の医師。
成功、とのこと。
これまでにない明るい顔だった。
まだどことなく高揚感があるような
良い顔。
小さな子どもは入れない、とのことで
兄たちにみてもらい
一人病室へ。
管に繋がれ、動けない様子で意識も不鮮明。
ただ、それでも生きていた。
ありがとう。
そんな気持ちが溢れてきた。
よくがんばったね、お疲れ様。
これからまた一緒に生きようね。
生きていてくれてありがとう。
むすこは流石に疲れていた。
タクシーに乗り込み、帰路を急いだ。
シャワーをさっと浴び
いつもより遅く22時過ぎの就寝。
兄たちは泣いていたけれど
私はどこか実感が湧いていないというか、
不思議な感覚。
息子の体調、そして明日のこともきがかりだった。