ルールは破ってもよいが、
無視してはならない。
       ――『Design Elements』の帯より

自然のままでは、人間はほとんど考えない。考えることは、ほかのすべての技術と同じように、人間が学んで身につける技術で、しかも学ぶのにいっそう骨が折れることだ。わたしは、男女いずれにたいしても、ほんとうに区別されるべき階級は、二つしか認めない。一つは考える人々の階級で、もう一つは考えない人々の階級だが、このちがいが生ずるのはもっぱら教育によるものと言っていい。 

                     ――ルソー『エミール』より

今日、本当に久しぶりに親友と話す機会に恵まれた。

久しぶりに、いや、むしろ初めて、「一致」という感覚を味わった。
卒業以来、互いに全く知らない道のりを歩んできて、けれどそれらを通じて、僕らは真実に近づいたんだろうと思う。
そして、「(互いに)分からないことに謙虚でありたい。(たとえ今そうでないとしても。)」互いに共通したその一点こそ、違いを「一致」に変えるものなんだろう。



「走り続けたこの5(4)年間を、僕は短く感じる。」
「悩み続けたこの5(4)年間を、僕は長く感じる。」


「悩み続けたあの6年間を、今、僕は良かったと思える。」
「悩み続けたこの5年間を、今はまだ、僕は好きになれそうにない。」



僕も、いつか彼みたいになれるかもな、と思う。
なれないかもな、とも思う。
でも、なりたいな、と、思う。

今日、電車の中で、受験生の女の子が彼女の母親に不満を垂れていた。

図書館に毎日いるじじぃ共がウザいとか隣に座った男子がずっと寝てたとか生徒会長になるだけで○大の指定校推薦が取れるのが気にくわないとか…いやはや。

あんなに尖ってたっけなーなんて思いながら、確かに尖ってたなーと思う。まるで同じ人間とは思えないくらいに。

彼女達(或いは当時の僕)と今の僕を繋ぐのは、たった4・5年という時間だという。その事がどうしても納得感を持って僕に落ちてこない。
そして、その4・5年の間の断絶と連続は確かに必要だったのだと知りつつ、それでも尚、その4・5年を、僕はまだ好きになれそうにない。

列王記(11-13a)

主は、「そこを出て、山の中で主の前に立ちなさい」と言われた。見よ、そのとき主が通り過ぎて行かれた。主の御前には非常に激しい風が起こり、山を裂き、岩を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風の後に地震が起こった。しかし、地震の中にも主はおられなかった。地震の後に火が起こった。しかし、火の中にも主はおられなかった。火の後に、静かにささやく声が聞こえた。それを聞くと、エリヤは外套で顔を覆い、出て来て、洞穴の入り口に立った。



     *****



個人的に、第一朗読(旧約)は、やはり「裁き」の神のニュアンスが強く、後ろめたいような、恐いような気がして、未だに新約に比べて親しみにくい。

また抽象度も高いので、こちらの感度を高めなければ伝わってきにくいから、印象に残るのもやはり少ない。


ただ、昨日は久しぶりに第一朗読が強く心に沁みて、思わず聖書と典礼を持ち帰って、書きとめてしまった。


神が通り過ぎて行くところに、風・地震・火……次々と(人間にとって)災いが起こる。

それは何故だか分からないけれど、(ほとんどの場合)必ず起こるものなのだろう。

人は惑い、乱れ、苦しむ。

神なんかいるものかと思う。

『カラマーゾフの兄弟』のイワンが言ったように、

「俺は神の創った世界、神の世界なるものを認めない」と思う。

それでも、やはりそれが間違っていることを知っているから、心のうちに泣き喚く。


それこそが、僕にとっての祈りである。

綺麗な祈りなんて、感謝だけの祈りなんて、僕は素直に認められない。


そして、本当にギリギリのところで彼は沈黙を解く。

ほんの少しだけ、「静かにささやく。」


それだけで彼に感謝できるほど、僕は正しくはないけれど。

それでも、その「静かにささやく声」に、確かに救われる。

「余白というのは、詰めて詰めていくものなんですね。
 すかすかの空間ではなく、内容物はわずかでも、
 その周辺の緊張した空間に拮抗する存在感を持って

 そこにある」
           ――原研哉 (グラフィック・デザイナー)

Real Design (リアル・デザイン) 2008年 09月号 [雑誌]
¥880
Amazon.co.jp

先日TVで見たのだけれど、
雑誌業界では、アートが流行しているらしい。
一昔前までは、アート関連の特集はあまり部数が伸びないものの、
雑誌のブランド向上のために組まれていたらしい。
ところが最近は、「美術館特集」などの売り上げ部数が伸び、
アート関連の特集をする雑誌も増えている(らしい)。


さて、先日、初めて買ってみた『Real Design』。
2周年創刊号ということで、普段よりも多めの300ページ。

デザイン、というものをしっかり勉強したことはないのだけれど、
その概念は産業革命による大量生産品に対する反動で生まれたもの。
この雑誌に載っているプロダクツを見てみると、その由来も納得できる気がする。

特に気に入ったものがなくても、装丁とか配色とか、
そういう視点から見てみるのもアリなのが、この雑誌のよさだと思う。

けど、なんだかんだ言って今月号は買ってないんだよな~^^;
ま、その程度のローヤルティーですw


「真実は芸術の一部だ。
 感性がそれを完璧なものにする」
              ――カミーユ・コロー (フランス・画家)