「朝30分」を続けなさい!人生勝利へのスピード倍増!朝勉強のススメ/古市 幸雄
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こんな間違った考えの人がこれだけの影響力を持てているこの世界に、得も言われぬ失望感を覚える。

なにもすべての文章に論理的一貫性を求めるつもりはないけれど…これはあまりに酷い。
根拠を提示しようという気がそもそもないのだろうか?
全く根拠の示されない謎の方程式から導かれた時間の効用の高さ。
当たり前の事を積み重ねることが大事と言った後に、人より1・2割では意味ないと切って捨てる。
朝の時間夜のそれより効率がいいと言う主張から、何故か朝起きてやれば長い時間働けると言う主張にすりかわる。

…目眩く非論理と断定の世界。

ただ、いずれにせよ、筆者の言いたいことは、「朝30分の勉強を続けなさい」ということ。
それに関しては、いいことなのだろう。少なくとも、効用はあるだろう。
そして、たとえどんなに非論理的であったとしても、たとえあまりの非論理性に怒ったとしても、
結果「朝30分」をする動機付けになれば、それはそれでいい、という考え方もできる。


      *****


世の中は、だいぶ間違ったことで溢れていて、
本当に生きるのがうんざりするのだけれど、
こういう人に出会うたび、僕は偉くなるべきなんだと思う。
偉くなって、より真実に近いことを、世の中に伝えていくべきなんだと思う。
もちろん、僕もご他聞にもれずろくでもない人間で、
非常に怠惰な人間だから、今のところ「思う」だけであるのが、また悲しい。
額縁への視線―額装というデザイン/小笠原 尚司
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この本は、そもそも存在自体が大きな問いかけである。
額縁の本って何?…それを(潜在的?)読者に伝えるだけで、
非常に大きな視点の提供を行っている気がする。


第一章は、「『額』から『額縁へ』」というタイトルと共に、
クラウス・グリム『額縁の歴史』からの引用に始まる。
「『額縁』は絵画と家具の両領域にまたがっている。
絵画と他の事物との境界をなすと同時に、
絵画とその周辺の環境とを融合せしめ、
両者の調和をはかるものである。

『額縁』とは、納められた絵画と不可分の
結びつきを持つ一つの特殊な機能の呼び名である」


「額」は他の空間とその中に納められた絵画を境界づけ、
媒介するもの、という概念を考えれば、
それは数万年前の洞窟に描かれた絵の周りに、
線で縁取りがされていたという事実にまでその発祥を辿ることができる。
ただい、「現在の姿の額」に限るとするなら、

その起源は、祭壇画や壁画のための額であると考えられ、
16世紀、それまでの板絵からキャンバス画へと変化したことに伴い、
額縁は移動可能なものとして壁面から独立することとなった。


……


いずれにせよ、額というのは、絵画が鑑賞されるものとなった時から、
その鑑賞者と絵画を繋ぐ空間のデザインの主たる担い手となる。
筆者は、「額装」という概念を提示しているが、
まさにそれは、額を中心とした絵画の周りの空間デザインのことだろう。
特に、絵画が人から人の手に渡り、
美術館という装置の中で鑑賞される存在となっ今日、
「額」或いは「額装」を無視することはできないのだなと感じた。


……


【メモ】
・日本は引き算の、欧米は足し算の美学
・主題の周囲を余白で囲む装飾=「マット」

さて、しばらくご無沙汰だった美術検定 だけど、

さんざん悩んだ結果、お金も無いし、

自分へのプレッシャーってことで、

2級一発勝負に出ることにしました。


9月16日締切で、その5日前に申込という、

例によってギリギリな感じだけど、

ま、頑張ろうかな。と思う。



赦すことは、赦されることだ。

この真実に改めて気付かされる度、人は目眩と涙をもよおさずにはいられないのだろう。

笑ってしまう。また僕の負けだ。
いつまで経っても、僕は必ず彼に打ち負かされる。彼に挑み続ける限り。
だから、僕がやるべきことは、やはり彼に挑み続けることだ。

ヴィクトール・フランクルも、人生をチェスに譬えて言う。
「人生のルールは私たちに、どんなことをしても勝つということを求めていませんが、けっして戦いを放棄しないことは求めているはずです。(『それでも人生にイエスと言う』より)」と。


彼に負け続ける限り、僕はこの世の罪に負けることはないのだから。

今日、BUNKAMURAのミレイ展に行って来たwithなっちゃん。


渋谷の公園通りのカフェでランチをして、
結構シリアスな話とか、お互いの不満やらなんやら話合えて、
なんだかある意味とても面白い時間をすごせた。
やっぱり、○○大生なんだなって気がする。
おそらく、頭の使い方とその能力の高さが似てるんだろうな。
嫌味でもなんでもなく、そう思う。


そして、ミレイ展へ。

オフィーリアとマリアナは期待通り良かったけれど、
特に後期の作品に、今一歩力が感じられなかった。
もちろん、好みの問題はあるとしても、
やっぱり葛藤や軋轢の中から生まれてくるものって、
それなりのパワーがある気がする。
それが、美か、正しいことかは分からないけれど。


というワケで、今日は途中だけど、寝よう。

独創性とはエンプティネスの覚醒力、すなわち問いの質のことである。独創的な問いこそが「表現」と呼ぶにふさわしく、そこに限定された答は必要ない。それは既に無数の答を蔵しているのであるから。
――原研哉『白』
かれこれ2ヶ月以上、てるてる坊主に手をつけられないでいる。

作った時から今まで、図らずもずっと僕の象徴であり続けている。

部屋の隅でひっそりと、落ちて伏せたままの状態で佇んでいる。

まさに今の僕の心そのものである。