ピエールが見る被災地
ブログネタ:旅行の予定ある?
参加中
旅行・・・というか、ボランティアで被災地へ行って参りました。
虚弱貧弱無知無能でおなじみのピエールですが、こんな私でもなんかお役に立てることがあればなあ、と震災発生時からうだうだ考えていましたが、、重い腰をあげてやっと先日現地へ行ってまいりました。
4月6日~9日三泊四日の旅程で目的地は南三陸町。
宮城県南三陸町といえば、
津波で壊滅的被害を受け、役場も被災し防災対策庁舎は骨組みだけに。
死者・行方不明者は845人(3月7日現在)。
という震災被害が最も深刻な町の1つです。
震災から1年と少し経過した被災地で見てきた景色を少しばかり紹介していきます。
カーナビを頼りに運転していたのですが、「JAのある交差点を右に・・・」というアナウンスのJA(と思われるもの)がこれ。
ない!!!・・・ないよー!!!!
【気仙沼線】
線路も津波で流され、この通り。
駅ごと流された箇所も結構あり、復旧には何年もかかりそうですね・・・。
現在は、バスの振替輸送が行われているようでした。
【戸倉小学校】
海に面した学校で、新体育館が完成して10日後にご覧の通り骨組みだけの無残な姿になってしまったそうです。
無念ですね・・・
【防災庁舎】
ニュースなんかで良く取り上げられて有名になった防災庁舎跡。
3F建ての屋上に約30人ほど町長さんを含む職員が非難したそうですが、津波が去って残されたのは10人ほど。
写真では、非常階段のひしゃげ方で地面に近いほうが津波の勢いが強かった事が分かります。
非常階段に掴まっていた町長さんらは命拾いをしたようで、現在も町長職を続け復興事業の指揮を執っているようです。
すごいバイタリティ・・・!!!
人として本当に尊敬します。まさに人間賛歌ッ!!!!![]()
しかし、自らも被災者として、支援者の立場に回るというのは色々な苦労がありそうですね。
今は、がむしゃらに復興を目指して突き進んでいるけれど、いつかふと息がつける時が来たら、その「一息つける瞬間」が危ない・・・と勝手に心配になっているピエールです。
すべての支援者に言えることですが、傍にいて見守ってくれる、そっと支えてくれる誰かがいてくれるといいですね。
防災庁舎よりさらに海よりの志津川病院。
4階建てなのですが、4階の天井まで津波が来たそうです。
動ける人、助けられるだけの患者は屋上へ引き上げて命拾いできたようですが、ベッドから動けない患者さんの多くは被害に遭われたようです。1Fに献花台が設置されていました。
良く見ると、写真の2階ひさし部分に船が乗ってますよね。
猛烈な津波の勢いが感じられます。
湾が近い。瓦礫の山が見えます。
最近も、この山の中から新しく仏様が発見されたようです。
「瓦礫」なんていってしまうけれど、本当はこの町の人々の財産であり、生きた証なんでしょうね。
キラキラとした春の美しい海・・・ と思いきや。
【志津川湾2】
近づいてみると、津波の爪痕がくっきりと...!!!
元は何があったのでしょうか・・・?見当もつきません。
ここまで、今も色濃く残る震災の被害を中心にご紹介してきましたが、
発生から1年と少し経過した現地では、目に見える形で復興の息吹を感じる事も出来ました。
ここから少し紹介していきますね。
津波で店舗を流されつつも、震災前と同じ立地で仮設店舗を再開させているお店を発見。
ほかにも復興商店街など、震災前と同じ場所に仮設で営業再開をしているお店はまだまだ少ないですが、ちらほら見かけられるようになっていました。
この「おおもり食堂」は、今秋公開の津波テーマの映画のロケ地にも使われているようです。
野菜ラーメン美味しかった★
【新庁舎&新診療所】
今月からオープンしたそうな、町役場の新庁舎(奥)と、診療所の新建物(手前)です。
復興はまず、医療と行政基盤から!
医療体制がしっかりすると、住民の安心感も高まりますよね♪
う・・・んまああああああああああいっ!!!![]()
復興とか、通り越して、美味いよコレー!!!!
掘っても掘っても、イクラだし、アワビってこんなに美味しいものなのー。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。!!!???
いや・・・寿司って言えば回転寿司な海無し県民には刺激が強すぎる食べ物でした。
南三陸キラキラ丼、南三陸「旬」の味覚を丼で味わうご当地グルメです。
自然の威力、ゆるぎない震災の脅威を感じると共に、町や人間が持つ力強い回復力を感じる事ができた旅でした。
漁業の町、山の町、ぜひ今度は観光で来て見たいです。
もちろんまたボランティアでも!!!








