生まれてこの方弦楽四重奏を一度も作ったことがないという方向けに弦楽四重奏の作り方を私なりにご紹介したいと思います。

 

 

すべての芸術は真似から入ると言いますが、ベートーヴェンがハイドンの弦楽四重奏を写譜しているうちに弦楽四重奏が書けるようになったと言っているように、あまりに単純ですが真似てみるというのが一番手っ取り早いです。

 

 

また単なる真似だけでなく、既存のスタイルを習得するという意味でも十分に価値のある行為なので、大体どんな風に考えていけば良いのかを考えてみましょう。

 

 

①楽器について深く知る

当り前のことではありますが、まず管弦楽法的な意味で楽器のことについて深く知っている必要があります。

弦ごとの特性や最高音と最低音の音域、特殊奏法などについてですが、オーケストラがまさにそうですが、ピアノにはない奏法が弦楽器にはたくさんあり、ピアノにはない長所や短所(それを個性と呼びたいですが)があります。

 

 

例えば【sul ponticello】や【Martelato】や【sul la touche】などの弦楽器特有の奏法に通じている必要があります。

 

 

ラヴェル弦楽四重奏

 

上の譜例はラヴェルの弦楽四重奏の抜粋ですが【sul la touche】と書いてあります。このように特殊奏法の指示は(どんな楽器の曲でも)ごく普通に登場しますので、本やネットなどで調べて弦楽器における特殊奏法は予め一通り理解しておく必要があります。

 

また奏法について知るだけではなく、その奏法が具体的にどんな風に使われているのか?を知ることもとても大切です。

 

 

バルトーク 舞踏組曲

 

例えばハーモニクス(フラジオレット)ひとつ取っても原理そのものは極めて単純ですが、具体的にどういう風に活用されているのか?は実に様々なケースが存在し、中には創意工夫溢れる用法を見かけることもあります。緑の〇はフラジオレットの箇所ですが、実音に直してみたり、どういうフレーズの中で登場するのか?を知っておくと自分で使うときに役に立ちます。

 

 

普通に音域がわかるだけでもなんとなくそれっぽいものは作れますし、古典時代の四重奏は奏法的にはシンプルなものが多く特殊奏法が多用されるのは近現代の特徴ではありますが、弦楽器にまつわる奏法や特性の一通りの理解は必須になります。

 

 

この部分はオーケストラを作るのにオーケストラに登場する楽器の奏法や特性の理解が必要になるのと全く同じで、当たり前といえば当たり前なのですが、意外と見落とされがちな点だったりします。

 

 

また様々な奏法を知った上でその奏法がソフト音源で再現可能かどうか?も大切です。奏法によっては不可能なものがあったりしますが擬似的にMIDIコントロールチェンジなどを工夫して作ることもよくあります。

 

 

 

②大譜表に直す。

 

奏法が分かったら次は実際の作曲ですが、まず初心者の方にオススメなのがお気に入りの弦楽四重奏曲を自分で大譜表に直してみるという作業です。大譜表でピアノスコアのように頭の中で考えることができたなら、作曲はピアノ曲を作るのと原則的には似たような作業になりますので容易なはずです。

 

 

 

 

ハイドン 太陽四重奏曲(31番)1曲目

 

上の譜例はハイドンの太陽四重奏曲(31番)ですが、このままだと見た瞬間に頭の中で大譜表に直すことができないという方は、ピアノの譜面のように大譜表に直してしまいます。

 

 

ピアノリダクションしたもの

 

このようにピアノリダクションされたものを見るとまるでピアノ曲のようです。こういった作業はオーケストラでも原則同じになりますが、何段もの五線譜を大譜表に脳内で集約して変換することでかなり整理して考えることが出来ます。

 

 

弦楽四重奏曲の場合はオーケストラのように管楽器群における移調譜面はありませんし、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンは同じト音記号であり、チェロはへ音記号なのでそこまで大変では無いはずです。ト音記号とへ音記号しかすらすらと読めないという方にとってネックになるのはヴィオラのハ音記号ですが、これは慣れです。ト音とヘ音をすらすら読めるならハ音も練習次第ですらすら読めるようになるはずです。

 

 

 

最初のうちは自分でリダクションを行い、また有名な曲は既にピアノリダクションされたものもたくさんありますので、どの楽器がどんな音域でどんなことをしているのか?に注意しつつなるべくたくさんの曲に目を通していきます。

 

 

既にピアノリダクションされた譜面を見るときの注意点は、あくまでピアノで演奏するための譜面になっているため、必ずしも正確に弦楽四重奏の各パートがそのまま大譜表になっているわけではないということです。

 

 

赤線部分が元のヴィオラパートと違う

 

先ほどの譜面も3小節目のヴィオラのパートがヴィオラの最低音を下回ってしまっていますが、こういったことはよくあり、これはそのまま大譜表に直すとピアノでは弾けない(または弾きにくい)などの理由から楽譜が改変されています。

 

 

こうなってくると四重奏を大譜表で考えるというコンセプトからずれてきますので注意が必要です。慣れてくるといちいちピアノリダクションしなくても弦楽四重奏の4段の譜面を見ただけで大譜表に心の中で直せるようになりますので、たくさん取り組んでみましょう。

 

 

ともあれ弦楽器特有の奏法が弦楽四重奏では多々登場しますので、あくまでもピアノ曲ではありませんが、ピアノのように大譜表で常に考えていくというのが基本になります。どんな芸術も最初は真似から入ると言いますが、このようにすることで弦楽四重奏の書き方とも言うべきものを学ぶことができるわけです。

 

 

ベートーヴェンがハイドンの弦楽四重奏を写譜しているうちに弦楽四重奏が書けるようになったと言っているのは、弦楽四重奏特有の書法を良いサンプルをたくさん見ているうちに理解出来たという意味であり、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロがそれぞれどんな仕事を受け持っているのか?をどんなボイシングでどんな響きを作り出しているのか?というピアノ曲とは全く違う書法を学ぶことがこれで出来るはずです。

 

人によってはベートーヴェンのように大譜表に直す必要はなく、そのまま写譜だけでも良いかもしれません。

 

 

ドビュッシー 弦楽四重奏

 

 

ピアノリダクションしたもの

 

大譜表にまとめてあるほうが見やすいですので、慣れないうちは手書きで、またはDAWに打ってみるのも良いかもしれません。やっているうちに書き方がわかってくるはずです。


 

 

③アイデアをまとめる。

 

②のピアノリダクションの段階でわかってくることかもしれませんが、弦楽四重奏における【書法】、つまりネタをまとめていきます。

 

 

4つの楽器がそれぞれどんなアイデアで使われているか?をとりあえず思いつく限り書き出していきます。

 

 

例えば先ほどの太陽四重奏では第2ヴァイオリンがお休みで、第1ヴァイオリンとヴィオラが3度で最初ハモっていますが、2小節目からチェロと3度でハモるようになります。

 

 

下声部が単純な2声部書法が骨格になっており、ヴィオラはその補強・サポートという感じです。単純なアイデアですが、これもひとつの方法で自分で作るときに応用出来るアイデアです。

 

このようにアイデアとして楽曲を見ていくことで得られるものがたくさんありますが、集約すると基礎的な和声的・対位法的能力が何処まで高いか?という問題になってきます。アイデアだけ集めてもそれを実現できる能力がないと十全に活かすことが出来ないので普段からの努力や作曲の基礎能力がものを言います。

 

 

 

 

 

ドビュッシーの例でもどんなポイントがあるのか見てみましょう。

 

 

こちらはハイドンの例と異なり、冒頭2小節はリズム的にはほぼユニゾンなのが特徴です。似たようなフレーズを作るのは簡単なはずです。4声体が約2オクターブの中でハーモニーを充填させていますが、弓使いやアーティキュレーションやディナーミクもポイントです。

 

 

3小節目からはチェロが低音を白玉で伸ばしつつ、上3声が和声的に充填しつつ(ハモリつつ)フレーズを奏でています。3+1構造ですが、これもひとつのアイデアです。これも似たようなアイデアで曲を作るのは容易いです。

 

 

このように和声構造は無視して単に音符の配置やアイデアだけを見ていきます。つまりコードネームを付けられなくてもそれはそれで別問題としてアイデアだけを集めていきます。

 

 

もしコードネームを付けてハーモニーがどのように作られているのか?を知りたい場合はアナリーゼの問題になってきますので、これには和声(ポピュラー理論)への理解が必要になります。

 

 

ともあれアイデアを箇条書きにしてまとめていき自分でも(例え断片的であっても)似たようなフレーズを作っていきます。出来れば自分が一度も作ったことがないような構造がお勧めです。

 

 

自分で作る時も構造を整理しやすいので大譜表に最初まとめて書いて後で4段譜に直すというのも最初のうちは有効です。こういったことを積み重ねていきます。

 

 

 

④1曲として仕上げるために構造を理解する。

 

曲は断片の集まりですが、アイデアを集めることで短いフレーズをたくさん作ることが出来ても、実際に1曲として仕上げるには「形式」を無視することが出来ません。

 

古典であれば大抵はソナタ形式だったり、複合2部や複合3部だったり、ロンド形式だったりしますが、時代が現代に近づくにつれて例外的なものも出て来ます。

 

形式も曲を仕上げる上で重要な概念ですが、これは弦楽四重奏特有の問題ではなくあらゆる曲での共通問題であり、どちらかというとアナリーゼの範疇に入ってきます。

 

 

人によっては【形式】と【構造】は理解が難しいかもしれませんが、自分の好きな曲を1曲通して見てみることで得られるものもあると思いますので、是非1曲通してどういう風に構成されているのか見てみましょう。

 

 

 

 

まとめるととにかく最初は真似ていけばだんだんわかってくるはず、ということを言っているわけですが、単に弦楽四重奏のアレンジ的な側面はもちろんのこととしてコードやディグリー(和声の和音記号)を付けてハーモニーを把握したり、形式や構造的な理解も必要になるので実際には難しい部分もあるかもしれません。真似をすると言っても、その曲をしっかり理解出来るだけの予備知識があることが大前提になります。

 

 

またオーケストラを作ってみたいという方も多いと思うのですが、弦楽の4パートはここにコントラバスを加えてオーケストラの土台となる部分でもありますので、弦楽四重奏をしっかり書ける=オーケストラの土台を作れるという風に(そこまで単純な話ではありませんが)考えることもできます。

 

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