唯川 恵 氏著


別れ


別れというのは

いつだってどちらかの意思を無視している。

無視された者が、

どんな気持ちを抱え込まなければならないか、

相手に計りしれるはずもない。


『シフォンの風』 P154より。



どちらかに、家庭の有る付き合い。


どちらもが、独身の付き合い。


どちらにも、家庭の有る付き合い。


どんな付き合いにだって、

それなりの別れの危機は訪れる。


私たちだって、同じ。


何度も、別れる別れないを、繰り返していた頃が有った。


でも、決まって別れを口に出すのは、私の方だった。


最初は、両方に家庭が有った上での始まりだった。


そして、知り合って1年以上経った頃、彼はひとりに戻った。

それでも、私たちの付き合いの中身は、変わらなかった。


私たちの間には、「2人で家庭を持つ」

と言う、選択肢は無かったから。


彼がひとりになっても、私のスタンスは変わらなかったけど、

正直、9つも下で、まして独身に戻った彼が、

何故、私から離れていかないのか、思い悩んだ時期が有った。


私は彼の気持ちを確かめる為に、

何度も、別れを口にした。


「いいや。俺らは、別れないよ。」


その言葉を聞く為にだけ、

何度、さようなら」を彼に突き付けただろう。


でも、その都度彼は、私の望み通りの言葉をくれた。


きっと、彼は、知っていたんだろう。


自分が「さようなら」を口にする時は、

駆け引きなんかじゃなく、本当に終わる時だと・・・・。


何度も彼を傷付けた癖に、私は、彼からの別れに、

世界を失ってしまった


『別れ』とは、それ位、覚悟のいるものなんだと、

あの時私は、初めて知ったのかもしれない。


そして、彼は、本当に私の元から去って行った。


翌日には、「ウソだよ」って、言ってくれる。


毎日毎日、同じ事を思っていたけど、

朝、起きても、彼からのそんな言葉は送られて来なかった。


私がいなければ、彼は生きていけない・・・、

そう高を括っていた私の方こそ、

彼なしでは、生きていけない女になっていた。


何でもする。

お願いだから、別れるなんて言わないで。


泣いてすがった私に、

「いつからそんな女になったんや?

いつでも、凛としていたお前が好きだったのに。」

彼は冷たく言った。


別れを弄んだ私への、罰だったのかも知れない。


だから私は、もう1度2人で歩き始めてからは、

決して簡単に、別れを言葉にはしないと、誓った。


どんなに、自分たちを正当化しても、

不倫と言う言葉で括られてしまう私たちだから。


どんなに足掻いても、別れはやって来るのかも知れない。


だからこそ、本当にもう終わり・・・と言う時まで、

「さようなら」は、言わないでいる。