ベッドに潜り込み、朝が来るのをただ目を閉じて待った。
1秒1分が、長いのか短いのか、私は全ての感覚を失ったまま、
でくの棒の様に横たわっていた。
『さようなら』と書いた言葉が、今になって重く心を縛り付ける。
私は直ぐ隣に眠る旦那さんの背中を見詰めながら、
ヨウを思って流す涙を止められずにいた。
泣き腫らした顔を、旦那さんや義母に見せる訳にはいかず、6時になる前には起き出し、私は顔を洗っただけで家を出た。
事務所のソファで仮眠を取り、兄が出社する前には、いつもの私になれる様取り繕わなければ・・・、と思っていたが、運良くその日の兄は、
朝から急な仕事が入り、事務所には寄らないと電話が入った。
私は、独り何も考えられずにいた。
コーヒーに口を付けると、携帯が鳴った。
ドキリとしたが、ヨウからの着音では無かったし、何より彼からの物は、
メールも電話も拒否していたのだから、着音が鳴る筈は無かった。
旦那さんからだった。
朝早くに出たんやね?大丈夫?
と、私の『仕事で早く出ます。』との置手紙を見てでのメールだった。
そのメールを見た時、ヨウからの不在着信の印が
13件付いている事に気付いた。
着信拒否をしても、架かって来た事は残るのか・・・・と、
私は気が重くなった。
ヨウは今頃、どう思っているのだろう。
何て言い訳をしようと思っているのか?聞きたい気持ちはあったが、
私自身後戻り出来ない状態になっていた。
仕事をしていても携帯が気に係り、何度もチェックした。
不在着信の数がどんどん増えていくのを、度に消し、消しても消しても
架かって来るヨウからの電話の数が、私の心の憂鬱さを増して行った。
お昼を過ぎた頃に、私は電源自体を切って、仕事に集中した。
今日は事務所にずっと独りだと思う安堵感と、
毎日続けて来たヨウとのやり取りを一切拒絶した
淋しさを天秤に掛けると、やっぱり淋しさが勝った。
ひと言位言い訳を聞くべきだったかも・・・・と、
私は気持がどんどん沈んで行ったが、仕事は忙しく、
引っ切り無しに架かって来る社用の電話の応対に追われた。
プライベートでどんなに辛い事が有っても、仕事の忙しさに救われる事は、旦那さんの数々の浮気の時に思い知らされていた。
どんなに落込んでも、泣いても、仕事だけはきちんとこなす私が誇らしくもあり、反面、可愛げの無さを感じないでもなかった。
ようやく、その日の仕事がひと段落着いた時には、5時を回っていた。
その頃の私は、毎日の殆ど、夕方からクライアント回りをしていたが、
その日は木曜日で、お休みのクリニックが多く
唯一、夜の外回りから逃れられる日だった。
化粧直しもしなくて済むと思い、ホッとしながら、
何気なく窓から駐車場を見た。
飲み込んだコーヒーを噴出しそうになった。
ヨウの車が停まっていた。
一体、何時から停まっていたのだろう。
私は慌ててブラインドを下ろしたが、下ろす事でヨウの車を確認したと、
告げる事になると思った。
仕事はひと段落着いた。帰ろうと思えば、今日は帰れる。
でも、このまま下に降りる勇気が出ない。
やろうと思えば仕事はある。
けれど、こんな状態で仕事に手を付けても進むわけは無いし、
何よりポカミスをしでかし兼ねない。
私は飲みかけのコーヒーをキッチンに流し、
再度温かいコーヒーをカップに注いだ。
いつものブラックがやけに苦い。
どうしたら良いの?ロッカーの鏡に映した自分に問いかける。
答えはひとつしかない事は分かっていた。
逃げるわけにはいかない。このまま事務所にい続ける訳にもいかない。
居留守は通用しない。何より、ヨウの車の横には私の車があるのだから・・・・・。
私はゆっくりコーヒーを飲み終え、帰る為の身支度をした。
でも、いきなり顔を合わせる勇気はまだ出なかった。
仕方ない!!と、自分に声を掛け、ヨウの携帯に電話をした。
呼び出し音が鳴るや否やヨウが出た。
「もしもし・・・・」
泣いていたのか、怒っているのか、そのどちらでも無いのか・・・。
それでもその声は、初めて聞く声の様に思え、私は言葉を飲み込んだまま、何も言えなかった。