予約したお店に着いて、ワインで乾杯をした。


「弥生。本当に何も買って来れなかったよ。ごめんね。」

と、ヨウが私を真っ直ぐ見詰めて言った。


「ううん。本当に良いの。私、何かを買って貰いたいなんて思わない。

ヨウの忙しい時間を、私の為に使ってくれるだけで、良いの。

でも、何かプレゼントっと思ってくれるなら、これ、頂戴にひひ


私は、テーブルの上に乗せられている、ヨウの携帯を指差した。


「えっ?携帯電話??」

「違うよ。これ。」


と、再度携帯に付いている、何の変哲も無いストラップを引っ張った。


「これって、最初携帯に付いてた奴やよ?ブランドとかじゃないよ?

それにほら、色も俺の手垢で白がグレーになってるし。」


目を丸くして、不思議そうにヨウが聞いた。


「分かってるよ。だから欲しいの。

ヨウが頑張ってお仕事した証拠の汗水が染みてるし。

何より、ヨウの匂いするでしょう?」


「弥生って、ほんまに可愛いなぁ~」

向かい合わせの私に、小さく手招きをしながらヨウが言った。


何?何?と、私がテーブルの真ん中まで顔を乗り出すと、

Chu!!と、唇を合わせ直ぐに離れた。


「もう~。こんなとこで・・・。」

と、言葉だけが怒っていたが、私の顔は満面の笑みを浮かべていた。


目の前にいるヨウの顔は、真っ赤だった。


「ヨウ。顔から火出てるよ。」

「俺らしくないねんもん。こんな気障ったらしい事、した事ないし。

けど、弥生見てたらどうしてもKISSしたかってん。」


まだまだ引かない赤い顔で、ヨウは言った。


有難う・・・・。ヨウがいつまでも可愛いって言ってくれる、

私でいなきゃね。


2人はグラスをもう一度持ち上げ、乾杯をした。


フレンチのコースはボリュームがかなり有り、

食べ終えると10時を回っていた。


慌ててヨウは携帯の時計を見、

「弥生。早く行かないと、弥生を食べる時間少なくなる。」

と、まだワインを飲んでいる私を急かした。


初めてひとつになったHOTELが、その日の次の場所だった。


入り口で空いている部屋No.を見ると、偶然にも同じ部屋が空いていた。


エレベータの中で、既にお互いが待ち切れない状態になっているのが分かった。

ぴったりと体を合わせ、KISSを交わし、熱くなるのを止められずに、

流れるように部屋に入った。


ちょっと待って。と、私は言い、手を洗い、

バスルームで部屋着に着替えた。


「早く。早く。」

既にベッドの上に横たわっているヨウが、私を呼ぶ。


私がベッドに滑り込むと、周りのライトを落として、

何度も気持を確かめる様にKISSをした。


ヨウの舌先は厚く、そして熱く、私を捉えて離さない。


ヨウの唾液が私の渇いた喉を潤していく。

もう、ここは渇いて無いよ・・・。耳元で囁く声は、私にはもう遠く、

記憶の芯が揺らいだ。


「ヨウ・・・。」と、放った言葉すら、

自分の耳には届かない所に転がって行った。


最初の頃は、何度も、

もっと力を抜いて。もっと、自分を開放して。ほら、ここ触って。

と、ヨウに教えられ、導かれてでしか、達する事の出来なかった場所に、私は自分の力だけで辿り着ける様になっていた。


何度目かの波に飲まれ、私たちは同時に同じ場所に辿り着き、

時間をひとつにした。


「弥生。随分女になったね。弥生が喜んでくれて良かった。」

腕枕に潰れた私の耳に、ヨウの声が響いた。


「うん。何だか、段々自分の体が深くなるのが分かるよ。

もっともっと、これからも愛してね。ヨウだけの形に私を変えてね。」


私の言葉には答えず、ヨウは私の全てを覆い、もう一度深く愛し合った。


時間の経つのは本当に早く、あっと言う間に1時を回っていた。


父にメールを見られて以降、12時には家に帰る様にしていたが、

「今日は、お誕生日だから、少し遅くなっても大丈夫」

と、食事中に告げていた。


それでもヨウは、

「ずっと長く続けたいから、出来るだけ早目に帰る様にしよう。」

と、言った。


私は、抱き合う前から帰る時間を気にするのが嫌で、

「嫌。今日はお誕生日だから、私の言う事聞いて。

今日だけは時間気にしたくない。」

と、ダダをこねた。


「そうやね。今日位は、ゆっくり一緒に祝おうか。」

「うん。この次からは、ちゃんと時間守るから、今日だけはね。」


そう話し合ってはいたものの、やはり1時を回ると、

お互い少しずつ時間を気にするのが分かった。


結局、愛し合った余韻を残しながら、2人でお風呂に入り、

家まで送って貰ったのは、2時になった頃だった。


マンションの駐車場は、既に深夜の匂いが漂っていた。


次はいつ逢える?と、聞きたかったが、

まだ今日の時間を終えるのすら辛く、言葉に出来なかった。


私たちは、沢山の言葉を飲み込み、またね^^のKISSを交わし、

抱き合い、また数分の時を重ねた。


それでも離れなければいけない。

ヨウは今から、神戸まで運転して帰れなければならないのだから・・・。

もう一度深くKISSを交わし、私は無言でデ○カを降りた。


ヨウは窓ガラス越しに手を振り、駐車場を後にした。

私はヨウの車の音が消えてから、ゆっくりとマンションに向かう。


マンションの階段は、夢の世界から現実に戻る為の梯子の様だった。


私はひとつ、ひとつの段をゆっくり上りながら、

やっぱり、次はいつ逢えるの?と、聞こうと、

ヨウの携帯に電話を架けた。


呼び出し音が鳴らずにアナウンスが聞こえた。


『お架けになった番号はパケット通信中ですので、

もう暫くしてからお架け直し下さい。』


聞きなれた、それでも機械的なアナウンスに私の胸は澱んだ。


もう1度架けてみる。また同じアナウンスを聞いた。

3度繰り返し、私は自分の携帯の電源を落とした。


今、名残りのKISSを交わし、別れたばかりなのに、

誰とメールしているの?

私には届いてはいない。

メールではないにしても、何の為に○モードに繋いでいるのだろう。


不安と、不信感が一気に湧き上がり、

私は階段の途中でうずくまってしまった。