「ごめん・・・。あの時は、俺どうかしてた。

ただ、その場を取り繕う事しか考えられへんかった。」


「私こそ、大きな声出してごめん。

でも、もう良いねん。今はちょっと感情的になったけど、

もう終わった事やもんね。」


お互いにごめんと言い合っていても、

もう心がひとつになる事はないのだ。

同じ言葉でも、そのごめんの意味は、全く違うものだったのだから。


「オーちゃんの事、今更責めるつもり無かったのに。

もう、どんなに謝られても、あの頃の私には戻れない。

もう、オーちゃんの事、家族以外の感情は持てない。

今、好きなのは・・・・・。」


そこまで言いかけて、さすがに言葉が詰まった。

旦那さんが泣いていた。


涙がテーブルのおしぼりの上に落ちるのを見ても、

それでも私の気持は動かない。


「謝らんとあかんのは、私の方かも知れへんね。

どんなに懇願されても、もう気持戻る事は無いんやから。


ごめんね。もう、全部終わった事。

もう、何があっても昔の2人には戻る事無いから。

その事、考えた上で、どうするか決めて。」


旦那さんは、右の拳で自分の頭を叩きながら、更に声を上げて泣いた。


「俺のせいや。この俺がアホやから・・・・。

やーちゃんに見放されたんやな。」


私の気持は、微塵も動かなかった。


「オーちゃん。その言葉聞くのも初めてやないよ。

何回聞いたかな?最初は、ほんまに反省してるんやと思った。


ううん。多分、オーちゃんは、その言葉を口にしてる時は、

ほんまに反省してるんやと思う。

けど、直ぐ忘れる。直ぐ同じ事繰り返す。


それがオーちゃんの言う、病気なんやったら、

何で努力して治そうとせ~へんかったん?

今泣いても、今反省しても、結局はまた同じ事するよ。


もうほんまに何を聞いても、どう言われても、

私の決心が変わる事はないから。


今までは何度も許して来たけど、今、オーちゃんの事許すって事は、

私自身の事を不倫って認める事になってしまう気がする。


それだけは絶対に嫌なんよ。

私は、オーちゃんにバレました。はい、さようなら・・・

なんて言う様な、浮気をしてるつもりは無いから。


これからも、ずっとヨウとは付き合って行くから。

誰に反対されても、邪魔されても、気持は変われへんから。


そう言う意味では、私の方がずっと酷い事してるんかも知れへんね。」


私は、段々と冷静さを取り戻していった。


その冷たい言葉の響きを、旦那さんは敏感に汲み取っていた。

元より、そう言う人だった。


優しくて、優柔不断、直ぐに人やその場に流される、

良い意味では素直な人。

悪く言えば、自分と言う確固たる物を持てない人。

それが旦那さんだった。


多分、何を言っても私の気持が自分に戻る事は無いと、

しっかり分かったのだろう。

これからの事を、頭の中でシュミレーションしている様な顔付きだった。


長く同じ時間を過ごして来た人なのだから、気持が無くなっても

心を汲み取る事は容易に出来た。


私からの言葉を待っているのだろう。

結局は、自分で結論を出せないのだろう。


私がいなくなって、生活の事はどうするのか?

聞きたいけれど、聞けないでいるのが、手に取るように分かった。


「オーちゃん。私ね、オーちゃんがうちのお父ちゃんの事、

恨まずにいてくれてる事、感謝してる。

あの頃、凄い迷惑かけた事も、ちゃんと覚えてるよ。

だから今のまま、同じ屋根の下で暮らす限りは、私、責任持って

オーちゃんと、お義母さんの事、養うよ。

それは、心配せんといて。けど、私なんかと一緒にいられへん!!

って言うなら、そう言ってくれて、良いからね。」


私の言葉に安堵した様に答えた。


「有難う。やーちゃんがそう言ってくれるなら、

俺は今のままで十分やから。

若しかしたら、ずっち先にまた、

やーちゃんが戻って来てくれるかも知れへん。

そうなる様に、頑張る。せやから、このままでいてくれるかな?」


ううん。そんな事は絶対に無い・・・と、言いたかった。

でも、また追い討ちをかける事は、さすがに出来なかった。


「オーちゃんが今のままで良いなら、私は良いよ。

けど、これからも私はヨウには逢いに出掛けるよ。

それは、絶対に止めんといてね。

私の一番は、もう家庭では無くなってしまったんやから。」


私は鬼になってしまったのかも知れないと、思った。

目の前で哀願する、20年以上も苦楽を共にして来た旦那さんより、

たった半年の付き合いのヨウの方が、大切だと言い切れるのだから。


でも、私の気持ちは動かしようが無かった。

何を捨てても、何を諦めても、ヨウだけは失いたくないと

思ってしまったのだから。


そして、もう一度私は言った。


「オーちゃん。私がこんな風になってしまったのは、

切っ掛けはオーちゃんの数々の浮気やったかも知れへん。

けど、結局は私自身が決めた事やから。

私自身が、ヨウを好きになってしまったからやから。

何があっても、その責任は自分で取るからね。」


誰に言うのではなく、自分自身の決心を固める為の言葉だった。