手紙を渡した日の夜、2人で居酒屋さんの個室での

話し合いが始まった。

私は仕事が片付かなくて、遅れる事、数十分。


お店に着いた時には、既に旦那さんは生中を2杯飲み干し、

3杯目を口にしていた。


出来れば最初はシラフで話したかったのに、

何故私が来るまで待てなかったの?

と、言いたかったが、飲まないと話を聞けないのかとも思い、

言葉にするのを留まった。


遅れてごめん、と言う私を見る目は、ほんのり赤かった。


私も焼酎を頼み、何点かの料理を注文した。


ヨウと2人で向き合う時は、ただ嬉しさで一杯なのに、

こうして旦那さんを前にすると、20年以上も一緒にいる事が嘘の様に、

ただ、気まずさだけが私を包んだ。


重い空気を払いのける為に、私が先に言葉を発した。


「手紙、ごめんね。」

「・・・・・」旦那さんが、無言で私を見返す。


私は、次の言葉が出なかった。

暫く俯いたままでいると、ようやく、旦那さんが口を開いた。


「正直、ショックやった。もしかして・・・と、

思う事もあったけど、やーちゃんの性格分かってるから。

好きになる時は本気なんやろうと思てたから、考えんようにしてた。」


「ごめん。でも、あの手紙に書いた事が、今の私の本心やから。

別れるか別れないかは、オーちゃんが決めて。

どっちの返事でも、私とヨウとの仲は変わらないから、

それを前提に考えて欲しい。」


「手紙にも書いてあったけど、そいつ(あえて、そう呼んだのだろう。)

と、一緒にはなれへんの?

向こうも別れたら、結局は一緒になるんやろ?」


落ち着いた声だった。その落ち着いた声が、尚更、旦那さんの今の気持を明確に表している様に思えた。


「ううん。私、結婚に幻滅してるのかも知れへん。

好き、と言う気持を持続出来ない様な、生活に思える。」


「俺のせいやな。」

搾り出す様な言い方だった。


違うよ。と言ってあげれば、旦那さんはラクになれるのだろうか?

と、思ったが、それは出来なかった。


「正直言って、そうやと思う。私、最初に叔父に、

オーちゃんはきっとモテるから、

浮気で泣かされるって言われた事、覚えてるよね?

その時に、おっちゃんや、お父ちゃんと一緒にせんといて!!

って、答えたのも覚えてるでしょ?」


旦那さんはビアジョッキに目を落とし、頷付いていた。


「でも、結局はおっちゃんの言う通りやった。

泣いたのも、1度や2度やないもんね。」

そこまで言うと、私は息切れを起こした様になり、焼酎を飲み干した。


「そうやな。俺、病気やから・・・・。

けど、あいつは男からみても、かなりの男前やで。

俺なんかでも浮気するんやから、もっと泣かされるん違うか?」


私を心配してでなのか、ヨウを否定したいのか、

分からない言い様だった。

でも、その言葉に私は憤慨した。


「それは、違うと思うよ!結局は、その人となりなんじゃない?

ヨウは、確かに男前やと思う。

でも、彼は、オーちゃんみたいに口、上手くないよ。

そう言っても、私に声掛けたやん。って、言うかも知れへんけど。」


「そうか。俺の言葉はもう、やーちゃんには届けへんねんな。」

相変わらず、下を見たまま言った。


私は、その言葉には謝らないと決め、

「そうやね。今まで、私の心の叫びが

オーちゃんに届かなかったのと、同じ様にね。」と、言った。


うなだれているのか、後悔を表わしたいのか、

旦那さんは私を見ようとしない。


「あのね。手紙にも書いたけど、ヨウが現れたから、

私の気持ちが冷めた訳やないんよ。


私が知ってるだけで、何回オーちゃん浮気した?

両手でも足りへんよね。でも、それだけじゃ無いでしょ?


私が何も言わなくなって、これ幸いと、

何回も同じ事してるのも、知ってるんよ。


興味が無くなったから、数えて無いだけやけどね。

それって、どれだけ哀しい事か分かる?」


旦那さんは、コクリと頷いた様に見えた。


「私は、小さい時から父親の顔を知らずに大きくなった。

女の人と一緒に暮らしてるって、幼稚園に行く前から知らされてた。


お母ちゃんが、泣いてる姿も見てきた。

さすがに、小さい時は何で泣いてるのか、分からんかった。

私やお兄ちゃんに、明らかに八つ当たりしてる時もあったよ。

その時は、お母ちゃんって、鬼か?て、思った事もあった。


けどね、今なら分かる。


あの頃のお母ちゃんって、まだ40才そこそこやったんよね。

今の私と変わらない年で、旦那さんが女の人作って出て行った。

その人との子供の私たちを、独りで育ててくれた。


寂しかったんやと思う。誰かに頼りたかったやろうなって、思う。

今なら、その時のお母ちゃんに言ってあげたい。

私たちの事は良いから、女として幸せになって・・・・って。」


私は、言葉も涙も止める事を忘れていた。


「だから私は、大きくなって結婚したら、絶対に死ぬまで添い遂げよう。

裏切ったり裏切られたりのない、結婚をしよう。って、思ってた。

その事は結婚前にも話したよね?」


旦那さんは、私の長い話を、何度も首を縦に引きながら、

神妙に聞いていた。


「覚えてるよ。俺の親父も何回も浮気して、おかんを泣かしてた事あったから、絶対に俺はそんな事はせ~へんって、思ってたのに。

結局は、やーちゃんに甘えてたんやと思う。でも、もう遅いんやろ?」


何度、同じ様な言葉を聞いただろう。

私は、今、目の前で反省の言葉を口にする旦那さんを、

遠い目でしか見られなくなったいた。


「うん。もう遅いよ。1回、2回やないもん。


相手の旦那さんに会社まで乗り込まれた時、

私の中で何かが終わったんやと思う。


あの時は、まだ気持残ってるから、激やせしたって思ってたけど。

今にして思うと、もう、自分の気持にケリ付けたのが、

あの時やったんやと思う。


相手の子供を一緒に保育園に送って行って、

その足でHOTELに行ったって、

教えられた時の衝撃って、オーちゃんには分かれへんやろ?」


涙と嗚咽の入り混じった言葉を投げた私に、

「分かるよ・・・・。」と、旦那さんが答えた。


「分かる筈なんか無い!!絶対に無い!!

あの時、何かちょっと変かな?って思った私が、

ママと何かあるの?って、聞いたよね。

その時に、『お前は直ぐにそうやって疑う。何もないのに、そうやって疑われる方の気持考えた事あるんか!!』

って、浮気相手の目の前で、怒鳴ったよね。


その時、ママも

『そうよ。何かあったら、こうして奥さんの前でダンスしたり、デュエットしたりなんて、出来へんよ。』って、言ったんやで。

結局は2人してアホな私を、抱き合いながら笑ってたんやよね。」



私は、今更口にしても仕方の無い事ばかりを思い出し、

吐き捨てる様に旦那さんに投げ付けていた。