彼と深く結び付いた体を解いた後も、私はまだヨウの腕の中にいた。

熱く火照っていた芯が、もう直ぐちゃんと消えようとしている。


薄暗い光の中、「弥生・・・」と、ヨウの声が震えた。

確かにその声を耳元で聞いたのに、心はまだ空を舞っていた。


「弥生?」

少し語尾を上げて、もう一度ヨウが私の名を呼ぶ。


私はヨウの胸に顔を埋めて答えた。


「何?」

「さっき、弥生の携帯鳴ったでしょ?」


「え?鳴った?気付かんかったよ。ヨウの携帯じゃない?」

「俺の着音じゃないもん。」


押し問答を繰り返しながら、

私はそれでもヨウの胸に包まれていたかった。


「見なくて大丈夫?」

ヨウが心配そうに私を抱え込みながら聞く。


いつもなら携帯が鳴っても、余り気にしないヨウなのに。

きっと、今日逢う事を父が知っている事が、気に掛かるのだろう。


私はヨウの腕の中で上手に部屋着をまとい、するりとベッドを降りた。

携帯は、バッグに入れたままだ。


私は携帯を取り出し、もう一度ベッドに戻る。

頭の上のライトのスウィッチを弱から中にし、灯りの下で携帯を開いた。


確かにメールが届いていた。

もう、12時前だ。こんな時間に誰だろう?

旦那さんからの着音ではなかった筈だ。


そう言えば・・・・と、私は、

ヨウの背中越しにオルゴール音を聞いたなと思った。


と、同時に気付いた。  
父だ。


普段電話が多く、父からのメールの着音を忘れていた私は、

メールを開くと同時にその音を思い出していた。


ヨウはベッドに腰掛け、タバコを吸っている。

「やっぱり、メールやった?」

短く問う言葉が、余計に不安な気持を込めているのが分かる。


「うん。まだ読んでないけど、父からみたい・・・・。」

「読まないと。俺がここにいて、読みにくいなら、向こうに行ってよか?」


ヨウは気を遣いながらも、読む事を急かせる。


「ううん。ここにいて。今から読んでみるから・・・・。」


私は自然と深呼吸をし、未読のメールを開いた。

今までこんな時間にメールなど寄越した事の無い父が、

今日に限って何だと言うのか。

いや、メールを盗み見たからこそ、私に何かを言いたいのだろう。


自分の事は棚に上げ、きっとまた小説めいた自分勝手な言い分を

書き連ねているのだろうと、読む前から気分が沈んだ。

(実際は棚に上げると言うより、

自分の非は面白い様に忘れてしまう人が、父なのだ。)


弥生へ。

(ヨウからのメールと同じ題名なのに、

何でこんなに鬱々としてしまうのか・・・・。)


弥生は今、女としての悦びで一杯なのだろう。

何処にいるのかも、想像は十分に付く。

しかし、君には旦那さんが、お母さんが、君を必要としている人が、

待っている事を忘れてはいけない。


女として愛される事を選ぶのは、間違っていないか?

自分の胸に問うてみると良い。


僕は(父は自分の事をこう言う。)、

君の本当の居場所はそこではないと、確信を持って言える。


君の悦びは、他の人の悲しみの上にしか成り立たない事を、

理解して欲しい。

君なら、直ぐに目を醒ます事が出来ると、信じている。 


愚かな父からの助言だと思って下さい。


私は、読み終えると同時に消去した。

それでも、そのメールのひとつひとつを、今でもしっかり覚えてしまっている。


何ひとつ、親らしい事をして来なかった父が、

自分の言葉に酔っているだけではないか。


同じ事を亡くなった母に言われたなら、

私は、もっとちゃんと耳を傾けただろう。


携帯を盗み見た事を隠しながら、

さも、私の行動で気付いた様なメールを寄越す父。

私は腹立たしさを越え、情けない気持で一杯になっていた。