10月に入って初めてのデートだと言うのに、

私はやはり携帯を父が盗み見ていた事で、気分が落ちていた。


逢うと直ぐに、ヨウは私の変化に気付いた。


「弥生。何があった?俺との事か?」

助手席に乗り込んだ私が、シートベルトを締めるより早く、ヨウが聞いた。


私は、どう切り出そうかと考える間も与えられず、

発せられたヨウの言葉に戸惑った。


「先に、ご飯食べるとこ決めない?

ゆっくり、そこで話するから。でも、ヨウが悪いとか、

逢えなくなるって言う様な事じゃないからね。」

思い切りの作り笑顔でヨウを見詰めた。


運転中のヨウの横顔が、心配そうにチラリと私を見返し、

短くKISSをして来た。


「もう~、危ないやんか@@」

言葉ほどに、私は怒ってはいなかったが、


「元気出せ!!のチュウなんやから、怒らないの^^」

と、それでも私を和まそうとするヨウが、愛おしくてたまらなかった。


「怒ってないもん」

「弥生はすぐ口尖らせるから。

そん時は心配事がある時やって、分かるようになったんやで。」


「え~??ホント?そんなん、気が付かなかった。」

「自分で分かって無いだけやよ。言われた事無い?」


そんな事言われたのは、本当にヨウが初めてだった。

それだけちゃんと私を見ていてくれるんだと、思った。


ゆっくり話が出来る様にと、その日は個室のある日本料理店を選んだ。


1点1点の値段は高いが、十分な空間と、美味しい料理を提供してくれるそのお店は、連休明けの火曜日だと言うのに、混んでいた。


それでも、顔見知りの店主は、奥の一番良い部屋に通してくれた。


6人が一斉に介する事の出来る部屋を、2人で占領するのは申し訳なく思ったが、今日は甘えさせて貰おうと決めた。


精一杯のお礼のつもりで、その店の一番高いコースを頼み、

日本酒をキープした。


広い部屋で、そこだけ人口密度が高い様な座り方をして、

KISSを交わした。

このお店の人は、必ず障子を開ける前に声を掛け、2拍置く。

1拍でない所が、お忍びの接待などに良く使われる所以だと、

ここを紹介してくれた人に教えて貰った。


失礼します。の声を合図の様に聞き、私たちは唇と体を外した。


飲み物を先に持って来てくれた仲居さんは、

どうぞもっとゆったりとお座り下さいと、グラスを向かい同士に置いた。


仕方なく、テーブル向こうにヨウが移動する。

その目は、もっとくっ付いてたかったね^^と笑っていた。


次々運ばれる料理を前に、先ずは腹ごしらえと、箸を運ぶ。

3口ほどの日本酒で顔が赤くなったヨウが、口火を切った。


「弥生。酔わないうちに聞きたいから。もう話せる?」


私はまだまだ、飲んだ内には入らなかったが、小さく頷き答えた。


「あのね、恥かしい話なんやけど、

父が、私の携帯盗み見てるみたいやの。

最初は、先週土曜日にね・・・・・。」

と、先ずは、携帯が移動していた話から始めた。


「でも、それは若しかしたら、弥生の勘違いなんかも知れへんやん?」

ヨウは父を庇った。

庇ったと言うより、私の父を悪く言いたくなかったのだろう。


「うん。私も最初はそう思おうとしたの。

でも、今日ね、ヨウが返事忘れてるの?って聞いたメール

私見てなかったの。

見落としたんじゃないよ。ちゃんと、開いた形で残ってたから。」

「・・・・・」

ヨウは無言で次の私の言葉を待っていた。


「ヨウに、ご馳走様ってメール送ったやん?その前のヨウのメールは、

営業気を付けて行くんやで。のメールが最後だと思ってたの。」


「って、事は?今日逢える?ってメールを?」

「そう、私より先に父親が見てたの。」


「それやったら、今日逢ったら、弥生困る事になるんと違うん?」

ヨウは食べる事も飲む事も忘れて、私だけを見詰めていた。


私は、大丈夫。。。。と、言い、これ美味しいよと、

小さな銀杏をヨウの口に運んだ。

ヨウはやっと、食べる事を思い出し、箸を動かし始めた。


「私ね、ヨウに逢う時はちゃんと言って来てるの。

勿論旦那さんにだけやけどね。

でも、父にも義母にも何も口出しされる事は無いから、

心配しないで良いよ。 ただ・・・・。」


「ただね、ヨウとのメールを全部見たとしたら、

普通の友達じゃない事は分かってると思う。

多分、父は見てないと、嘘付くと思うけど・・・。」

「ごめんな。そんな時にメール送ってしもて。」

ヨウは何も悪くないのに、父を責めず、脇の甘い私を庇おうとさえした。


「ヨウは何も悪くないよ。

人の携帯を黙って見る方が悪いんやから。

けどね、見てないって嘘付くってって事は、

何も知らない振りをするしか無いって事なんやよ。

だから、父は今の段階では何も口出し出来ないと思うの。」


一気に結論まで話終えた私は、切子グラスの日本酒を飲み干した。

喉に広がる熱さが心臓まで届く。


ゲホゲホっと、咳込んだ私の胸に、ヨウは両手を伸ばして来た。

そっと、胸の真ん中に手を重ねて言った。


「弥生。大丈夫やから。

もし、何かあったら俺が全部悪い事にしたら良いで。

俺にしつこく言われて仕方なかったって事にしたら、

弥生に傷、付かないん違う?

俺は、何て思われても、何て言われても良いから。

弥生との仲が続けられる事だけが望みやから。

嘘付かせてばかりでごめんな。

でも、別れるのだけは絶対に嫌や・・・・。」


ヨウ泣いてるの?と、聞こうと思った私の頬に、

静かにかヨウの左手が上がって来ていた。


「弥生。泣いたらあかん。俺まで、泣きそうになる。」


泣いていたのは、私だった。

ヨウの左手に私の右手を重ね、私は頷いた。


「ヨウ。愛してる?」私は、今までの会話とは違う言葉を口にした。


「当たり前やん。愛してるから、別れたくないんやろ?」

「うん。私、何が有ってもヨウとの事だけは守り通すから。

もっと、嘘付きになっても、嫌いにならんといてね。」


私の搾り出す様な声を、ヨウは広い座卓の半分以上乗り出しながら、

冷やりとした唇で塞いだ。


「ヨウ。お醤油臭い。」

さっき、ヨウが口に運んだ小さなお刺身が私の喉に落ちた。


いつの間にかヨウの唾液の味が、私の一番好きな物に変わっていった。