ちょっと旦那さんの事。
旦那さんの事で、どうしても許せなかった事。
小さい事は結構あり過ぎて覚えていない。
でもそれはきっとお互い様で、旦那さんにだってあるだろうと思う。
だけど、決定打を少なくとも私は3度打たれている。
1打目は、旦那さんが警察のお世話になった事。
前科とかが付くような事件性のあるものではなかったが、私には理解の出来ない行為だった。
詳しく書けないけど、3回目かの浮気を隠すために行った事で、警察に大目玉を頂いた。
その時、身元引受人で兄にも付き添って貰った。
当時まだ元気だった義母にも全て説明した。
その頃、旦那さんの妹の結婚を間近に控えていて、義母は私に心底頭を下げた。
弥生ちゃんで無ければ、オーちゃんを任せられないから、これからも何とか宜しくお願いします。
と言った。
(それが数年後、一緒に住むようになってから、私の事を酷くけなした事がある。
私に直接ではなかったが、それを知って、私は義母に優しく出来なくなってしまった。)
2打目は、平成4年の浮気。
もう何度目かすら覚えていない。
相手は、スナックのママさん。
それも私と一緒に良く行く行きつけのお店の・・・・。(もう潰れましたが)
何となく2人で入ったスナックだった。平成4年の6月頃だったと思う。
駅前で便利と言う事も有り、イチゲンさんだったのが、直ぐに常連さんになった。
旦那さんは、そこのママと所謂深い仲になっていた。
(7月にはもうそう言う仲になっていたらしい。)
その年の11月5日、そのママのご主人が私の会社に乗り込んで来た。
近くの喫茶店で、大声を上げるご主人に、私は反対に気持ちが凄く落ち着いて行ったのを覚えている。
「あんたはあほか?!あんたらが一緒に飲みに来て座ってたカウンターで、あんたの目を盗んでホテルに行く約束しとったんやで。俺らの子供を一緒に保育園に送って行ってから○○○ホテルに行ってたそうや。どない思うんや!!」
そのご主人はかなり年上らしく、多分そのママより20歳は上だっただろう。
若い奥さんの浮気が許せず、半狂乱の取り乱し様だった。
その煮えたぎるような怒りを前にすると、私は冷静にならざるを得なかった。
「どない思うって言われても。私にはどうも出来ないです。
ご主人こそどうされたいんですか?
私は、別れてくれって言われたら、はい!って言いますし。
お宅の奥さんがうちの旦那を欲しいって言わはるんやったら、どうぞ持ってて下さい。って言いますよ。
別にうちの旦那がお宅の奥さんを無理やり引っ張った訳や無いでしょう?
お互い様じゃないんですか?腹立てるだけしんどいですし。」
思いっきり慇懃な言い方をした。
ご主人は私の言い様がとてつもなく癇に障ったのだろう。
「あんたみたいなきつい嫁さんやったら、旦那さんが浮気するのも分からんでもないわ。
うちの嫁さんみたいな弱い女に惹かれるのもしゃあないな。」
捨て台詞を残し、喫茶店を出ようとした。
私は悔しくて泣きたくなるのを堪え言った。
「コーヒー代忘れてはるよ。私払う義理ないし。
それに、そんな大事な嫁さんやったら、スナックなんかさせんと、首輪でもして家に閉じ込めとかはったらどうですか。
うちの旦那も私の時に女見る目使い果たして、浮気する相手はしょうもない女ばっかりやったけど、今回ほど最低な女に引っ掛かるなんて情けな過ぎて涙が出そうですわ。」
最後の方は涙声になっていただろう。
それでも言い切った自分を褒めてやりたいと思った。
結局そのご主人はコーヒー代をテーブルに叩きつけて出て行った。
精一杯の強がりを言ったものの、私はそれから暫くの間、拒食症になってしまい、1週間で10kg以上体重が落ちた。
(周りは密かに癌ではないかと、疑っていたらしい・・・。)
そんな酷い仕打ちをされながらも、私はその頃はまだ旦那さんが好きだった。
もう二度としない・・・と言う、常套句を信じようとした。
落ち込んだ姿を友人たちは心配してくれたが、たった一人の友を除いては、真相は打ち明けなかった。
旦那さんの所業を話す事で、友人たちからの印象を悪くしたくは無かったのだ。
しかし、その後、3打目の決定打を私は浴びる事になってしまう。
それも場外ホームラン級の大きさの・・・・。