「安達さんのお母様もご不幸が?」だったのか、
「安達さんのお母様はご健在?」と尋ねたのか、そこのところの言葉を今でも思い出せない。
彼の俯いた顔がとても哀しく辛そうだった事ばかりが心に残り過ぎていて、どう言葉にしたのかを全く覚えていない。
けれど、彼は答えた。
「僕には母はいません。姉と僕が小さい頃僕たちを捨てて出て行きましたから。
僕にいるのは、継母と言う名の親父の奥さんだけです。」
冷たい科白だったが、とても几帳面な言葉だった。
「だから、母親との思い出が全く無いんです。なので、どうしてもKさんの奥さんの事より、子供さんの事の方が気になって。ごめんなさい・・・」
と、まだ言葉が続きそうなニュアンスで、私の顔を覗き込んだ。
「ん?何?」
間の抜けた声が重苦しい空気を押しのけたのか、彼は笑って続けた。
「何て呼べば良いのか。お名前を聞いて無かったです。」
「ごめんなさい。私、小田 弥生です。」と、立ってペコリと頭を下げた。
「僕、安達 洋介です。宜しく!!」と、彼も立ち上がり右手を差し出した。
彼の職人さんらしい節くれ立った手に私の手の平を合わせると、丁度ひと関節分大きな彼の手は、とても温かかった。
暫く見詰め合ったままでいると、
「弥生、岡山から叔母さんたちが着いたからちょっと出て来て。」
と兄がドアをノックして言った。
追記;間違えて消してしまったので、再度書き直しました。