3月12日になりましたが、昨日の覚書のようなものです。

 

昨日は、市のシニアプラザであるカフェのボランティアスタッフ

として活動していました。

14時46分には、その場にいた全員(20人ほど)で1分間の黙祷をしました。

朝から深く胸に刻まれた羽生結弦選手の1182字の言葉を思い起こしながら

黙祷していました。

 

10年目ということで、TV、新聞をはじめ個人のSNSやブログなど例年以上に

多くの記事がUPされました。私も1年ぶりに何かを書きたいと思いながら、

膨大な記事を読むことで、「もう私の思いはすべて書きつくされている、いえ、とても及ばない深さで、、」と思ったので書けなかった。

今日は、それでも、「自分のその日と羽生結弦選手のこと」を書き残そうと思う。

 

羽生結弦選手の全日本の演技は、私の毎日の光となっていく道を照らしてくれているようだ。

ゆづさん、素晴らしい新プログラム二つをありがとう。

ありがとう、を何万回重ねても言い足りないほどに、、、、、。

まだ26歳だが、年を重ねるごとにその演技は深みを増し、試合ではそのアスリート魂がまっすぐに見守る私の心身に届くのを実感してきた。

固唾をのんで、そして祈るような何千人、何万人の心をしっかりと受け止めて、どんな時も

「羽生結弦」であり続け、一刻も休まず進化し続けるその生き方に支えられた稀有な演技は

観るたびに私の心をとらえ続けて日々の励ましにもなっている。

全日本のSP、TV観戦だったが、彼のパフォーマンスを私はひたすら楽しんで観られた。

フリープログラムは、ただただ言葉を失うほどの、静謐さ、強さ、美しさ、に驚嘆した。

 

3月11日について書くはずが、ゆづさんの話になっている。(そこで、タイトルを書き直し)

 

昨年の3月11日は、晴明神社に友人と二人でお参りした。

新幹線で名古屋から来たというゆづファン4人に出遭って少し話をした。

神社近くのバス停の傍の川岸では、早咲きの桜が満開だった。

その後、高島屋に寄ってランチ、ウィンドウショッピングをした。

その最中、14時46分になると、館内放送があり、みんなで黙祷をした。

 

来週、同じ友人と晴明神社にお参りする約束をしている。

ストックホルムで開催される予定のワールド(コロナが、、、、、)

参加されるはずの羽生結弦さんの、そして全選手の健康とよいパフォーマンスを

祈りたい。

ゆづりは神社でも晴明神社でも、必ずゆづファンと出会えるのも楽しみだ。

 

12日に書き始めたが、もう13日、遅くなったから、この辺でおきます。

まとまらない話ですが、日記代わりとします。