石巻へいったこと | 新天地生活

石巻へいったこと

あれから一年半。
めちゃくちゃに揺れた新潟の職場。
妻とも連絡が取れないって焦ってるとき、

東日本は大変なことに。
南関東から北海道南部まで、大地震、そして津波、
さらには福島の原発の爆発、メルトダウン、大量の放射性物質の拡散。

罹災した人も、そうでない人も後世に粛々と伝えていかなくてはいけないこと。

常に罹災した人たちへの回復の祈りと亡くなった方々への弔意は忘れてはいけない。

狭い国土で起きたこと。他人ごとではない。

そんな思いもあって、今回の仙台旅行では二日目の9月10日にユックンが車で
寝てしまったのもあり、動物園をやめて、石巻へ足を延ばした。

大川小学校等目に焼き付けておきたいと思ったりしたけれど、あまりの被害者の多さに

ここはやめ、石巻港周辺をぐるぐる。

ゆっくんは眠ってる。

一階がぶち抜かれた家屋、廃墟と化した家屋、工場、
一階部分外壁が明らかに二階部分より新しく施工された感のある家々
ものすごい角度で陸地へ傾いているガードレール
いつ修繕完了するのかわからないまま立ち入り禁止の柵が張られている壊れた歩道
雑草の生い茂った更地に残る、家の土台、コンクリートブロック、あらわになった鉄筋部分。

大企業の工場は装い新たに再稼働しており、その横にひっそりとうちひしがれたように
たたずむ、傾き、窓のすべて破壊された、かわらのばらばらな、家

ここにいた人、無事だったのかな、避難したのかな。

道路わきに積みあがる瓦礫堤防ビルの3階、4階くらいの高さにまで見える。

同じく積み上げられた廃車車両の山。

夕方だったから、歩道には帰宅する小学生の姿も。

彼の家族は?友達は?

みんな復興に向けがんばっている時だけれど、今更だけれど、悲しさ辛さで胸いっぱいに
なってしまった。

くるしー。