第2話 「なんで気づかへんの?」の裏側にあったもの
前回、
「目の前の人は自分を映し出している」
ということについて考えてみた。
その中で、
「もしかして私は、自分にも同じことを求めてない?」ということが浮かんだ。
たとえば、
「なんでそれくらい気づかへんの?」
と思ったとき、私は相手に、
「周りを見て」
「相手の気持ちを考えて」
「言われなくても気づいて」と思っている。
でも、ちょっと待てよ。
私は、自分にも同じことを求めてない?
そう考えてみた。
すると、
「私は人に迷惑をかけないようにしよう」
「相手が困らないように先回りしよう」
「言われる前にやろう」
「ちゃんと気づける人でいよう」
って、ずっとやってきた自分が見えてきた。
だから、「なんでこの人は気づかへんの?」
と思うとき、その裏には、
「私はこんなに気づいてきたのに」
という気持ちもあったのかもしれない。
いや、あった!
そして、さらに怖いことに気づいた。
人に対して、
「なんでできへんの?」
「なんで気づかへんの?」
と思う私は、自分ができなかったときにも、
「なんでできへんかったん?」
「ちゃんとせなあかんやろ」
「私、あかんな」 って、自分を責めている。
つまり私は、
人に求めていることを、自分にも求めていた。
「できること」が当たり前。
「できないこと」は、ダメ。
そんなルールを、自分の中に作っていたのかもしれない。
そして、
「できない自分」を見つけたら、
「私、あかんやつやな」 って、自分を罰していた。
ここまで気づいて、「あれ?」と思った。
私は人に対して、
「そんなに自分を責めなくてもいいやん」
「誰だってできないことあるやん」
「失敗することもあるやん」
って思えることもある。
なのに、自分にはめちゃくちゃ厳しい。
人には優しく言えるのに、
自分には、
「ちゃんとしろ」
「できるやろ」
「なんでできへんの」と言っている。
もしかしたら、
目の前の「気づかない人」や「できない人」に腹が立っていたのではなく、
自分の中にある「できない自分はダメ」というルールを、相手によって刺激されていたのかもしれない。
ここまできてまたの次の問いが生まれた。
「じゃあ、できない自分を罰するのをやめたら、私はどうなるんやろ?」
許せるんだろうか…
次回は、そこを考えてみたい。