おばんです。
kirigirisuです。
野澤監督は、「歌詞の中のお金」のブログが気にいったみたいだ。
いやぁ、電話がかかってくる。
かかってくる。
「アイダさん、神田川はどうだ、神田川」
電話を取ると、野澤監督の大きな声が聞こえた。
「神田川ですか。神田川ってなんですか」
「フォークだ、かぐや姫だ。
知らないか、アイダさん。
ダメだなぁ。
あの歌の中で、小さな石鹸がカタカタなるだろう。
貧乏だぞ、貧乏。
大きな石鹸が買えなくて
小さな石鹸なんで、カタカタなっちゃう」
なんだか、誇らしげな声だ。
う~ん。
大きな石鹸が買えなくて、カタカタなったのかなぁ。
考えたことなかった。
「どうだ、神田川をお金の歌で使ったら」
「歌詞の中のお金」は、貧乏をテーマに書いてると
どうやら勘違いしてるようだ。
「監督、今回、書いているのは貧乏の話じゃなくて、お金の話ですよ」
「そうか、ダメかぁ。
残念だなぁ、ホント、残念だ。
いいと思ったんだけどなぁ。
う~ん
じゃあ、これはどうだ」
監督はめげない。
「なんですか」
「♪さびしさに負けた いえ、お金に負けた
アイダさん、どうだ。
これなら、行けるだろう」
あれほど、音楽のブログは、つまらないと言ってた監督だったんだけど
お金の歌の話は、おもしろがっているようだ。
しかも、参加したがっている。
それにしても、出てくるのは
昭和の匂いがプンプンする曲ばかりだ。
「いやぁ、お金の話は深くていいぞ」
おおおおお、そうか、深みまで感じているのか。
後で調べてみたんだけど
「♪さびしさに負けた」は、昭和枯れすすき。
どうりで、昭和の匂いがプンプンするわけだ。
でも、惜しい。
かすった。
監督は歌詞をまちがえた。
負けたのは、お金にではない。
世間に負けたのだった。
という訳で
今回は野澤監督に敬意を払って、
「神田川」
さぁ、行ってみよう。
かぐやひめ 神田川
あなたはもう忘れたかしら
赤い手拭い マフラーにして
あなたといった横ちょの風呂屋
一緒に出ようねって言ったのに
いつも私が待たされた
洗い髪が芯まで冷えて
小さな石鹸カタカタなった
あなたはわたしの体を抱いて
冷たいねって言ったのよ
若かったあの頃
何も怖くなかった
ただ あなたの優しさが
怖かった
あなたはもう捨てたのかしら
二十四色のクレパス買って
あなたが書いたわたしの似顔絵
うまく書いてねって言ったのに
いつもちっとも似てないの
窓の下には神田川
三畳一間の小さな下宿
あなたはわたしの指先みつめ
悲しいかいって言ったのよ
若かったあの頃
何も怖くなかった
ただ あなたの優しさが
怖かった
わぉ、時代を感じる小道具がたくさん、ある、ある。
赤い手拭い
風呂屋
三畳一間
下宿
石鹸もそうだな。今や、ボディーソープだもんなぁ。
で、石鹸なんだけど
寒くて震えちゃったってことの表現の代わりに
石鹸にカタカタなってもらったような気がする。
大きな石鹸じゃガタガタって音で、心細さの表現にならない。
小さな石鹸の方が、都合がいい。
カタカタだもんな。
ここから、震えちゃったんだなぁを連想するのが
普通なんだろうなぁ。
しかし監督は、ちがった。
「小さな」に注目した。
大きな石鹸を買えない。
なので小さな石鹸。
なるほど、やはり、監督は只者ではない。
貧乏を一番表現しているのは、
「三畳一間の小さな下宿」なのかな。
でも、この小ささは、幸せのはかなさに繋がっているような気がする。
貧乏と言えば、貧乏なんだろうけど
その部屋は、幸せの象徴のような、そんな気もする。
それより、この音楽が売れた一番のポイント。
ここだろうなぁ。
ここ、ここがすごい。
若かったあの頃
何も怖くなかった
ただ あなたの優しさが
怖かった
1973年。
ウイキで調べるとどうやら学生運動が終焉したあたりの時期のようだ。
そして、同じく、高度経済成長も終わっている。
多分、この歌の「わたし」と「あなた」は、
学生なんじゃないかと思う。
根拠は、下宿ってところか。
わたしは、なぜ、「あなたの優しさ」が怖かったんだろうなぁ。
〔おしまい〕
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
〔蛇足〕
ここで止めておけば、いいんだろうけどなぁ。
かっこいいよなぁ。
でも、続けちゃう野暮がオイラだ。
なんだか、野澤監督に質問してみたくなってしまった。
「監督、なぜ、わたしは「あなたの優しさ」が怖かったんでしょうね?」
① そりゃ、アイダさん、あれだな。
彼女は、彼の本性を見抜いてたんだぞ、絶対に。
だから、彼が、豹変するかもしれないと思って怖かったんだよ。
まちがいない。彼は狼男だ。
② 二人は学生だろ。
今のままの生活が続くわけないと思ってたんだと思う。
はかなさを知ってた。
きっと、いつか失うだろうなと。
だから、優しくされると幸せなんだけど、
失うことに思いがいって、怖かったんだろうな。
悲しいなぁ、アイダさん。
③ わたしは、優しくされるような価値ある人間だと
自分で思ってなかったのじゃないかな。
なんか、悪いヤツなんだろうな、わたしは。
だから、優しくされると、怖くなっちゃったんだろうなぁ。
バチが当たるんじゃないかと思ってたんだぞ、きっと。
アイダさん、それだ、それだと思う。
それ以外に、監督が答えそうな、答えはあるだろうか。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
野澤監督の優しいブログをご覧ください。
(映画も優しいけど…)
ん、優しい…!?
♪ただ、あなたの優しさが怖かった~
そか、監督は狼男だったのか。
https://gantetsueiga2018.amebaownd.com/posts/8931046
人ってさ、こうだって、
国語の問題みたいに、
3択にできない。
いろんな事情があるモンな。
優しいヤツには、怖さを感じることもあるのかなぁ。
あなたの優しさが怖かったは、
深いような気がする。
野澤監督も、怖いかもな。
昼間からこんにちは。
kirigirisuです。
映像に音楽をつけるとき、
まず、考えるコトは、映像に合ってるか、どうか。
その次に、音楽に対して決定権をもっている人の感覚。
つまりはどんな音楽が好みか。
例えば
野澤監督の映画に、テクノとかつけられないよなぁ。
きっと監督は、うなってしまうにちがいない。
そういうこと。
そんなコトをずっと考えながら
ちがうか、監督やディレクターたちの顔色を見ながら…
ずっと、ずっと、やってきた。
音楽には、調性ってヤツがある。
長調と短調の2種類。
長調 メジャー
短調 マイナー
小学校のとき、教わったアレのコト。
長調は明るい 短調は暗い。
オイラにも覚えがある。
ところが、そう簡単に言いきれるほど、
音楽は単純ではない。
ちょっと思いつくままに例を2つ。
さぁ、マイナーなのに明るい音楽。
KC & The Sunshine Band That's The Way
そして、メジャーなのに暗い音楽。
尾崎豊 I Love You
なんだか、自信がなくなってきた。
今、こうやって聞いてみると
尾崎豊は、暗く聴こえない。
おかしいなぁ。
まぁいいか。
ちょっと怪しい例ってことで。
どちらか
お気に入りの方をBGMにしてくださいな。
この仕事を始めて
駆け出しの駆け出しだったころ、
とある音楽の先生に売り込みに行った。
「長調より、絶対、短調の方がいい曲ができるよ」
先生はニコニコしながら、自信たっぷりに教えてくれた。
あれっと思った。
オイラが、すごいなと思う音楽は、短調が少ないのだ。
おおおお、やばい。
オイラの感受性は、通用しないのか。
そうか、短調じゃなくちゃダメなのか。
インパクトがあった。
その言葉は、オイラの心の片隅にずっと残っている。
あの頃から
たくさんの時間、オイラは映像に音楽をつけ続けている。
映像だけでは、飽き足らず、
ブログにもBGMをつけてしまうようにもなった。
オイラが使う音楽は圧倒的に長調が多い。
ん、多分、そうだと思う。
監督の顔色をうかがいながらも
自然にやるとそうなるんだろうな、きっと。
そんな気がする。
あの先生は、短調に惹かれる、マイナー耳だったんだろうと思う。
そして、オイラは、メジャー耳ってことになるのかもな。
さて、今から4,5年前の話。
同業者の仕事を手伝った。
同業者がたくさん受けた仕事の1本をオイラが選曲した。
スタジオ作業が終わったあと
耳打ちされた。
「アイダ君、アイダ君の音楽は、やたらと明るいなぁ」
彼は笑っていた。
ん、どういう笑い?
なんだか、ちょっと複雑だった。
深みがないってコトか。
もしかすっと。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
さぁ、紙芝居の始まり、始まり。
kirigirisuです。
映像に音楽をつけるとき、
まず、考えるコトは、映像に合ってるか、どうか。
その次に、音楽に対して決定権をもっている人の感覚。
つまりはどんな音楽が好みか。
例えば
野澤監督の映画に、テクノとかつけられないよなぁ。
きっと監督は、うなってしまうにちがいない。
そういうこと。
そんなコトをずっと考えながら
ちがうか、監督やディレクターたちの顔色を見ながら…
ずっと、ずっと、やってきた。
音楽には、調性ってヤツがある。
長調と短調の2種類。
長調 メジャー
短調 マイナー
小学校のとき、教わったアレのコト。
長調は明るい 短調は暗い。
オイラにも覚えがある。
ところが、そう簡単に言いきれるほど、
音楽は単純ではない。
ちょっと思いつくままに例を2つ。
さぁ、マイナーなのに明るい音楽。
KC & The Sunshine Band That's The Way
そして、メジャーなのに暗い音楽。
尾崎豊 I Love You
なんだか、自信がなくなってきた。
今、こうやって聞いてみると
尾崎豊は、暗く聴こえない。
おかしいなぁ。
まぁいいか。
ちょっと怪しい例ってことで。
どちらか
お気に入りの方をBGMにしてくださいな。
この仕事を始めて
駆け出しの駆け出しだったころ、
とある音楽の先生に売り込みに行った。
「長調より、絶対、短調の方がいい曲ができるよ」
先生はニコニコしながら、自信たっぷりに教えてくれた。
あれっと思った。
オイラが、すごいなと思う音楽は、短調が少ないのだ。
おおおお、やばい。
オイラの感受性は、通用しないのか。
そうか、短調じゃなくちゃダメなのか。
インパクトがあった。
その言葉は、オイラの心の片隅にずっと残っている。
あの頃から
たくさんの時間、オイラは映像に音楽をつけ続けている。
映像だけでは、飽き足らず、
ブログにもBGMをつけてしまうようにもなった。
オイラが使う音楽は圧倒的に長調が多い。
ん、多分、そうだと思う。
監督の顔色をうかがいながらも
自然にやるとそうなるんだろうな、きっと。
そんな気がする。
あの先生は、短調に惹かれる、マイナー耳だったんだろうと思う。
そして、オイラは、メジャー耳ってことになるのかもな。
さて、今から4,5年前の話。
同業者の仕事を手伝った。
同業者がたくさん受けた仕事の1本をオイラが選曲した。
スタジオ作業が終わったあと
耳打ちされた。
「アイダ君、アイダ君の音楽は、やたらと明るいなぁ」
彼は笑っていた。
ん、どういう笑い?
なんだか、ちょっと複雑だった。
深みがないってコトか。
もしかすっと。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
さぁ、紙芝居の始まり、始まり。
こんばんは。
kirigirisuです。
いつのコトだったか。
野澤監督と電話で話している最中に
流れで話題が映画の話になった。
「アイダさん、まだ観てないのか
ダメだなぁ、アイダさんは、ホント映画を観ないんだから。
ダメだなぁ。ホント、ダメだ」
ちょっと、まずい状況になってきた。
ダメがリピートしてきた。
「監督、ところで、その映画の主人公、
名前はなんていうんでしたっけ」
「うぅ、なんていったかな、ブライアンだったっけか
アイダさん、名前、知ってるか」
多分、フレディーにちがいない。
でも、もうちょっと考えていてもらったほうがいいかと。
「監督、そんなぁ。
観てないんだから、オイラにわかるわけないじゃないですか」
「それも、そうだなぁ。
なんて言ったっけかなぁ」
とりあえず、逃げれたか。
ほっ。
今度、監督からその話題が出るまでに
レンタルしておくか。
ところで、もうレンタルされてるのかな。
「う~ん、なんて言ったっけなぁ…。
ところでアイダさん」
「はい」
「映画もっと見ないとダメだ。
ダメだなぁ。ホント、ダメだ」
おっと、話がもどっちまった。
リピートもしてる。
ヤバ。
さて、BGM行きます。
明るいカントリーバンド。
どうも、オイラには、カントリーとロックの区別がつかない。
ま、ドッチでもいいか。
The Band Perry Hip To My Heart
決してえばれるコトじゃないんだけど
オイラは
映画も、対して観てなければ
音楽もさして、聴いてるワケじゃない。
なので、知らないコトがとても多い。
困ったモンだと思う。
ダメだなぁ。
言われなくても、自分でも思う。
でも、ま、いいか。
ジョジョに知っていけば。
そ、知ってるコトと、知らないコトにそんなに差はない。
知識を得れば、それですむ。
アハハハ、そんなことないよな。
でも、それより、今日を元気に生きなければ。
劇的な世の中になってしまった。
なんとか今を生きのびなくては。
そして、気力…。
もし、気力がなくなってしまったら
オイラは、それが一番、おっかない。
そうなってしまったら…
でもまぁ、ダイジョブだと思う。
また、Bruce Springsteenを聴けばいい。
そ、オイラはシンプルにできてる。
単純と言った方がわかりやすいか。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
今日のブログは、また野澤監督に怒られそうだなぁ。
「アイダさん、自分の弱み、さらけ出さなくてもいいと思う。
ダメだなぁ。ホント、ダメだ」
まぁ、イイか。
kirigirisuです。
いつのコトだったか。
野澤監督と電話で話している最中に
流れで話題が映画の話になった。
「アイダさん、まだ観てないのか
ダメだなぁ、アイダさんは、ホント映画を観ないんだから。
ダメだなぁ。ホント、ダメだ」
ちょっと、まずい状況になってきた。
ダメがリピートしてきた。
「監督、ところで、その映画の主人公、
名前はなんていうんでしたっけ」
「うぅ、なんていったかな、ブライアンだったっけか
アイダさん、名前、知ってるか」
多分、フレディーにちがいない。
でも、もうちょっと考えていてもらったほうがいいかと。
「監督、そんなぁ。
観てないんだから、オイラにわかるわけないじゃないですか」
「それも、そうだなぁ。
なんて言ったっけかなぁ」
とりあえず、逃げれたか。
ほっ。
今度、監督からその話題が出るまでに
レンタルしておくか。
ところで、もうレンタルされてるのかな。
「う~ん、なんて言ったっけなぁ…。
ところでアイダさん」
「はい」
「映画もっと見ないとダメだ。
ダメだなぁ。ホント、ダメだ」
おっと、話がもどっちまった。
リピートもしてる。
ヤバ。
さて、BGM行きます。
明るいカントリーバンド。
どうも、オイラには、カントリーとロックの区別がつかない。
ま、ドッチでもいいか。
The Band Perry Hip To My Heart
決してえばれるコトじゃないんだけど
オイラは
映画も、対して観てなければ
音楽もさして、聴いてるワケじゃない。
なので、知らないコトがとても多い。
困ったモンだと思う。
ダメだなぁ。
言われなくても、自分でも思う。
でも、ま、いいか。
ジョジョに知っていけば。
そ、知ってるコトと、知らないコトにそんなに差はない。
知識を得れば、それですむ。
アハハハ、そんなことないよな。
でも、それより、今日を元気に生きなければ。
劇的な世の中になってしまった。
なんとか今を生きのびなくては。
そして、気力…。
もし、気力がなくなってしまったら
オイラは、それが一番、おっかない。
そうなってしまったら…
でもまぁ、ダイジョブだと思う。
また、Bruce Springsteenを聴けばいい。
そ、オイラはシンプルにできてる。
単純と言った方がわかりやすいか。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
今日のブログは、また野澤監督に怒られそうだなぁ。
「アイダさん、自分の弱み、さらけ出さなくてもいいと思う。
ダメだなぁ。ホント、ダメだ」
まぁ、イイか。
真夜中におばんです。
kirigirisuです。
1984年
世の中に喧嘩を売った浜田省吾さんの「money」
悲壮感さえ、感じるほど、とんがってた。
あれから40年が経つ。
今回は、またまた現代。
行きます。
shishamo 明日はない
お金は2番の頭に出てくる。
2番だけ抜粋しようかなと思ったんだけど
1番もおもしろい。
なので全部、載っける。
♪
どいつもこいつも腹立つな
言えない私も腹立つな
気に食わないこと握りつぶして
100円の自販機見つけて
得した気分で家に帰る
誰かとキスでもすりゃ
あったかくなれるかな
世界で一番学ばないバカ
また私ったら恋してる
気づいたらまた恋してる
自分をダメにする恋ばかり
1人でいいやと思っていたのに
知らないヤツとだって
うまくやっていけるよ
そんな器用な私
本当はもう好きじゃない
アイ アイ アイ
面白くもないのに笑ったりしない
悲しくもないのに泣いたりもしない
つまんない恋はしない
死にたくなるよぉな恋がしたい
お金がすべてじゃないよね
でもお金があればあるだけいいね
優しい男はいいけど
優しいだけじゃつまらない
仕事じゃなけりゃあんなヤツ
二度と顔も見たくない
でもやだやだ言ってちゃしょうがないよね
だから
せめてせめて嘘はつきたくない
アイ アイ ア~
面白くもないのに笑ったりしない
悲しくもないのに泣いたりもしない
つまんない恋はしない
死にたくなるよぉな恋がしたい
辛いときに前を向いたりもしない
泣きたいのに笑ったりもしない
つまんない恋はしない
死にたくならなきゃ恋じゃない
100円の自販機見つけて
得した気分で家に帰る
そんな今日を愛せなきゃ
明日は ない ない ない ~♪
さぁ、お金が出てくるところは
2番のアタマ。
歌いだしのところ、さりげなく声がひっくり返ってる。
印象的に2番はスタートする。
お金がすべてじゃない
と、わかってて、
わかっていながら、あれば、あるほどいいって
逆のことも言いきってしまう。
ちゃっかりしてるっていうか
白黒つけないっていうか
自然体というか
メッチャ、すんなり入ってくる。
そだな。
その通りだ。
オイラは、思わずうなづいてしまった。
そして、それは、全体を通しても言えてて
オイラはうなづき続けてしまった。
そだな、そだな、と。
ダメな自分にあきれながらも
受け入れちゃって
それでも、あきらめてなくて
必死で…。
死にたくなるよな恋をして
で、ありながら
自販機に100円の飲み物みつけて
得した気分の自分も愛したい。
いいかげん…
ちがうなぁ、良い加減。
浜田さんが、
「Money」を歌った40年前に比べて
今は、もっともっと
複雑な世の中になってると思う。
人間関係も、ひっくるめて。
1つの目線だけで
物事を見れない時代になってしまった。
そんな時代、うまい生き方がある。
良い加減。
そ、テキトー。
マジでありながら
サラっと生きていく。
逆のことも受け入れながら
そ、涼しい顔して。
でも、譲らないところは譲らないぞぉ~。
Shishamo すごいや。
なんて素敵な音楽なんだ。
多分
この歌は、こう生きたいっていう
人生哲学
(ちがうか、生きることに対しての美意識かも)
の歌なんだろうな。
でも、他者が不在だなと思うのはオイラだけか。
しなやかだと思う。
今の時代、こんな感じでやってくのがいいんだろうなぁ。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
「がんと生きる 言葉の処方箋」
野澤監督も、ブログ、突っ走ってます。
ん、というか、憂いているのか。
野澤監督のブログです。
この方の場合、酔い加減。昨夜もひとり酒だったらしい。
ところが、不思議なことにブログには、酒の話題がまったく出てこないんだよなぁ。
見落としてるのかな、オイラは。
↓
https://gantetsueiga2018.amebaownd.com/posts/8931046
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
自分を大切にしないと、いけない。
まず、自分。
でも、自分をさておいて人…?
難しいな。
判らん、オイラには。
でも、でも、人は大切だと思う。
kirigirisuです。
1984年
世の中に喧嘩を売った浜田省吾さんの「money」
悲壮感さえ、感じるほど、とんがってた。
あれから40年が経つ。
今回は、またまた現代。
行きます。
shishamo 明日はない
お金は2番の頭に出てくる。
2番だけ抜粋しようかなと思ったんだけど
1番もおもしろい。
なので全部、載っける。
♪
どいつもこいつも腹立つな
言えない私も腹立つな
気に食わないこと握りつぶして
100円の自販機見つけて
得した気分で家に帰る
誰かとキスでもすりゃ
あったかくなれるかな
世界で一番学ばないバカ
また私ったら恋してる
気づいたらまた恋してる
自分をダメにする恋ばかり
1人でいいやと思っていたのに
知らないヤツとだって
うまくやっていけるよ
そんな器用な私
本当はもう好きじゃない
アイ アイ アイ
面白くもないのに笑ったりしない
悲しくもないのに泣いたりもしない
つまんない恋はしない
死にたくなるよぉな恋がしたい
お金がすべてじゃないよね
でもお金があればあるだけいいね
優しい男はいいけど
優しいだけじゃつまらない
仕事じゃなけりゃあんなヤツ
二度と顔も見たくない
でもやだやだ言ってちゃしょうがないよね
だから
せめてせめて嘘はつきたくない
アイ アイ ア~
面白くもないのに笑ったりしない
悲しくもないのに泣いたりもしない
つまんない恋はしない
死にたくなるよぉな恋がしたい
辛いときに前を向いたりもしない
泣きたいのに笑ったりもしない
つまんない恋はしない
死にたくならなきゃ恋じゃない
100円の自販機見つけて
得した気分で家に帰る
そんな今日を愛せなきゃ
明日は ない ない ない ~♪
さぁ、お金が出てくるところは
2番のアタマ。
歌いだしのところ、さりげなく声がひっくり返ってる。
印象的に2番はスタートする。
お金がすべてじゃない
と、わかってて、
わかっていながら、あれば、あるほどいいって
逆のことも言いきってしまう。
ちゃっかりしてるっていうか
白黒つけないっていうか
自然体というか
メッチャ、すんなり入ってくる。
そだな。
その通りだ。
オイラは、思わずうなづいてしまった。
そして、それは、全体を通しても言えてて
オイラはうなづき続けてしまった。
そだな、そだな、と。
ダメな自分にあきれながらも
受け入れちゃって
それでも、あきらめてなくて
必死で…。
死にたくなるよな恋をして
で、ありながら
自販機に100円の飲み物みつけて
得した気分の自分も愛したい。
いいかげん…
ちがうなぁ、良い加減。
浜田さんが、
「Money」を歌った40年前に比べて
今は、もっともっと
複雑な世の中になってると思う。
人間関係も、ひっくるめて。
1つの目線だけで
物事を見れない時代になってしまった。
そんな時代、うまい生き方がある。
良い加減。
そ、テキトー。
マジでありながら
サラっと生きていく。
逆のことも受け入れながら
そ、涼しい顔して。
でも、譲らないところは譲らないぞぉ~。
Shishamo すごいや。
なんて素敵な音楽なんだ。
多分
この歌は、こう生きたいっていう
人生哲学
(ちがうか、生きることに対しての美意識かも)
の歌なんだろうな。
でも、他者が不在だなと思うのはオイラだけか。
しなやかだと思う。
今の時代、こんな感じでやってくのがいいんだろうなぁ。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
「がんと生きる 言葉の処方箋」
野澤監督も、ブログ、突っ走ってます。
ん、というか、憂いているのか。
野澤監督のブログです。
この方の場合、酔い加減。昨夜もひとり酒だったらしい。
ところが、不思議なことにブログには、酒の話題がまったく出てこないんだよなぁ。
見落としてるのかな、オイラは。
↓
https://gantetsueiga2018.amebaownd.com/posts/8931046
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
自分を大切にしないと、いけない。
まず、自分。
でも、自分をさておいて人…?
難しいな。
判らん、オイラには。
でも、でも、人は大切だと思う。
真夜中にこんばんは。
kirigirisuです。
ネット上で教えてもらった音楽がある。
ここ、数年、ユーチューブで聴き続けている。
というか、観てるんだろうな。
1984年の作品らしい。
オイラが知ったのはここ10年くらい。
なので、古さはまったく感じていない。
超時空要塞マクロス
飯島真理 愛・おぼえていますか?
作曲は、加藤和彦、作詞は、安井かずみ。
オイラが大好きだったコンビだ。
そして、この音楽も大好きな音楽だ。
加藤さんも、安井さんも
ふたりとも、既に、鬼籍の人になってしまっている。
残念だ。
けど、困ったことにオイラはまだこの作品を観ていない。
ストーリーも内容もよくわかってない。
だから、勘で書くことにするんだけど
なんだか、話の内容が深いような気がしてならない。
アイドル歌手が歌う映像。
甘くせつないメロディーに
戦闘シーンがかぶってくる。
セリフ、戦闘シーン、爆発音、効果音も音楽と対等の位置にある。
映像と音楽のミスマッチ感。
アンバランスでありながらも、
どこか根っこの方で繋がっていて
世界感を作り出しているような気がする。
絶対、観ようと思う。
レンタルしてくるぞ。
楽しみだ。
さぁ、今日のまとめ。
もしかしたら
コロナとの闘いも、
最終的には、思いやり=愛なのじゃないのかな。
自分をさておき、人を思いやること。
正念場であればあるほど、忘れてはいけないと思う。
〔おしまい〕
今回は短いんだけど、
ここで、オイラの今回のブログは終了。
ここからは、おまけです。
お時間がある方はもう少しお付き合いください。
オイラが、日頃思っていて
思ってはいるんだけど
うまく表現できない感覚があります。
それを代わりに表現してるような記事をネット上で見つけました。
言霊の話。
ところが、この記事に批判のコメントがたくさん入っているんだよな。
不思議でならない。
ここから、コピーして載せます。
筆者は浜矩子さん。同志社大学大学院教授です。
「まさに日本モデルの力を示したと思います」。5月25日、緊急事態宣言の解除に当たって安倍首相がこう言った。7月11日、菅官房長官が、新型コロナ感染の再拡大は「圧倒的に『東京問題』」だと発言した。いずれも無神経な言い方だ。「日本モデル」の陰で、感染者がどんなに苦しんだか。どんなに貴重な命が奪われたか。苦難と嘆きをかみ締めている人々は、どんな思いでこの「日本モデル」という言葉を聞いたか。
「日本モデル」に胸を張った政府の幹部が、今度は「東京問題」発言をする。すると、小池都知事が反撃に出た。政府の「GoToキャンペーン」は冷房と暖房を同時併用するようなもので、「これはむしろ国の問題だ」とやり返したのである。事態は、子どもの喧嘩の様相を呈しつつある。この際、そもそも、この言い方が子どもに失礼に思えてくる。
筆者も、「GoToキャンペーン」には疑問がある。観光地の苦境には胸が痛むが、このような旅行促進策が、本当に有効な救済措置になるのか。ネーミングの軽さにも、他者の痛みが解る者の気遣いが感じられない。
それはそれとして、「東京問題」vs.「国問題」などという責任のなすりつけ合いは、何とも低次元だ。自分たちが、どんなに深刻な事態への対応を託されているのか。この人たちには、それを察知する感性がない。
言葉は怖い。言葉は凄い。「日本モデル」と「東京問題」と「国問題」の揃い踏みに、つくづく、それを感じる。名は体を表す。だが、言葉は心を表す。言葉には魂がにじみ出る。共感性が欠如した魂は、無遠慮で無礼な言葉を生み出す。それが「日本モデル」だ。他者のために尽くそうとする。この構えを持たない魂からは、自己愛と自己防衛の言葉しか出てこない。それが「東京問題」で、「国問題」だ。
「日本モデル」を自画自賛する前に、今、どこで誰がどのように苦しんでいるかに思いを馳せる。「東京」か「国」かで、泥仕合を演じる暇があるなら、手を携えて、自分たちが奉仕すべき皆さんのために奔走する。いつしか、政策責任者たちのそんな姿をみられる日が来る。きっと。我々がその日を手繰り寄せなければならない。
下記から転用させていただきました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/edc46cbe2cac0ca29099650cf8feba7f64ee2803
kirigirisuです。
ネット上で教えてもらった音楽がある。
ここ、数年、ユーチューブで聴き続けている。
というか、観てるんだろうな。
1984年の作品らしい。
オイラが知ったのはここ10年くらい。
なので、古さはまったく感じていない。
超時空要塞マクロス
飯島真理 愛・おぼえていますか?
作曲は、加藤和彦、作詞は、安井かずみ。
オイラが大好きだったコンビだ。
そして、この音楽も大好きな音楽だ。
加藤さんも、安井さんも
ふたりとも、既に、鬼籍の人になってしまっている。
残念だ。
けど、困ったことにオイラはまだこの作品を観ていない。
ストーリーも内容もよくわかってない。
だから、勘で書くことにするんだけど
なんだか、話の内容が深いような気がしてならない。
アイドル歌手が歌う映像。
甘くせつないメロディーに
戦闘シーンがかぶってくる。
セリフ、戦闘シーン、爆発音、効果音も音楽と対等の位置にある。
映像と音楽のミスマッチ感。
アンバランスでありながらも、
どこか根っこの方で繋がっていて
世界感を作り出しているような気がする。
絶対、観ようと思う。
レンタルしてくるぞ。
楽しみだ。
さぁ、今日のまとめ。
もしかしたら
コロナとの闘いも、
最終的には、思いやり=愛なのじゃないのかな。
自分をさておき、人を思いやること。
正念場であればあるほど、忘れてはいけないと思う。
〔おしまい〕
今回は短いんだけど、
ここで、オイラの今回のブログは終了。
ここからは、おまけです。
お時間がある方はもう少しお付き合いください。
オイラが、日頃思っていて
思ってはいるんだけど
うまく表現できない感覚があります。
それを代わりに表現してるような記事をネット上で見つけました。
言霊の話。
ところが、この記事に批判のコメントがたくさん入っているんだよな。
不思議でならない。
ここから、コピーして載せます。
筆者は浜矩子さん。同志社大学大学院教授です。
「まさに日本モデルの力を示したと思います」。5月25日、緊急事態宣言の解除に当たって安倍首相がこう言った。7月11日、菅官房長官が、新型コロナ感染の再拡大は「圧倒的に『東京問題』」だと発言した。いずれも無神経な言い方だ。「日本モデル」の陰で、感染者がどんなに苦しんだか。どんなに貴重な命が奪われたか。苦難と嘆きをかみ締めている人々は、どんな思いでこの「日本モデル」という言葉を聞いたか。
「日本モデル」に胸を張った政府の幹部が、今度は「東京問題」発言をする。すると、小池都知事が反撃に出た。政府の「GoToキャンペーン」は冷房と暖房を同時併用するようなもので、「これはむしろ国の問題だ」とやり返したのである。事態は、子どもの喧嘩の様相を呈しつつある。この際、そもそも、この言い方が子どもに失礼に思えてくる。
筆者も、「GoToキャンペーン」には疑問がある。観光地の苦境には胸が痛むが、このような旅行促進策が、本当に有効な救済措置になるのか。ネーミングの軽さにも、他者の痛みが解る者の気遣いが感じられない。
それはそれとして、「東京問題」vs.「国問題」などという責任のなすりつけ合いは、何とも低次元だ。自分たちが、どんなに深刻な事態への対応を託されているのか。この人たちには、それを察知する感性がない。
言葉は怖い。言葉は凄い。「日本モデル」と「東京問題」と「国問題」の揃い踏みに、つくづく、それを感じる。名は体を表す。だが、言葉は心を表す。言葉には魂がにじみ出る。共感性が欠如した魂は、無遠慮で無礼な言葉を生み出す。それが「日本モデル」だ。他者のために尽くそうとする。この構えを持たない魂からは、自己愛と自己防衛の言葉しか出てこない。それが「東京問題」で、「国問題」だ。
「日本モデル」を自画自賛する前に、今、どこで誰がどのように苦しんでいるかに思いを馳せる。「東京」か「国」かで、泥仕合を演じる暇があるなら、手を携えて、自分たちが奉仕すべき皆さんのために奔走する。いつしか、政策責任者たちのそんな姿をみられる日が来る。きっと。我々がその日を手繰り寄せなければならない。
下記から転用させていただきました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/edc46cbe2cac0ca29099650cf8feba7f64ee2803