こんばんは、kiriです。
前回のブログは失礼しました。
思い切り悲観的なコトを書いてしまいました。
どんなときでも
今やれることを淡々とやる。
それをやってるうちに必ず、チャンスがくる。
よくわかってるんですが、
ですが、
ときどき、やってしまう、困ったkirigirisuです。
さぁ、今回は明るく、いってみよう。
もちろん、独断と偏見と思い込み。
ヘッポコです。
まずは、
音楽スタート。
よしだたくろう 春だったね 1972年
先月
歌は語るように、言葉は歌うように
というタイトルでブログを書いた。
前回は、ささやくような歌。
今回はちょっとちがう雰囲気の喋るような音楽を行きます。
そう、喋る、喋る。
ときどき、言葉が収まりきれなくて
字余りになってしまっても、かまわない。
気にしない、気にしない。
シャウト…
ロックのシャウトとはちょっとちがうような気もする。
ぶっきらぼう
ちょっと乱暴
野性的
でも、なんか魅力的
哀愁も感じるし。
よしだたくろうさん、
インパクトが強い歌だよな。
1970年代…
ひとつ時代を築いた。
で、たくろうさんが影響を受けてるBob Dylan
Stuck Inside of Mobile with the Memphis Blues Again 1966年
こっちもかっこいいよな。
2人とも、男っぽい。
そういう時代だったんだろうな。
男らしいが死語じゃなかった時代
ハードボイルドな時代。
音楽も個性的だったような気がする。
美声じゃなくてもいいんだ。
ダイジョブ、ダイジョブ、気持ちが入ってれば…
そう、教えてくれてるような気がする。
そして、男になんか負けてられるかってんで
女性の登場。
これもかっこいい。
cat power
Stuck Inside of Mobile with the Memphis Blues Again
2008年(ちょっと年が曖昧です。すみません)
21世紀になっても、力いっぱい。
歌…
歌っても、語っても、ささやいても、叫んでも
ついでに喋っても
なんだっていいんだろうな。
美声じゃなくても
まったく構わない。
素敵な音楽は、素敵だ。
やっぱり、心なんだろうなぁ。
そう、自分の声で
力いっぱい、喋っちゃえ、喋っちゃえ。
通じるって。
届けよぉ~。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
ドキュメンタリーの仲間たち
インターネット上映会
1月は
野澤和之監督 「生きる力を求めて」です。
どういうわけか、ここに予告を張り付けられないです。
と、この作品はオイラは、音楽でかかわってないですが、
よさそうです。
詳しくはこちらをどうぞ。
https://www.filmmaker-viale.com/
こんばんは。
冬眠してないkirigirisuです。
どもです。
さぁ、今回は言いたいこと書くぞぉ~。
BGMを聴きながら書きます。
まちがいなく、論理的じゃなくなるから
あまり突っ込まないようにお願いします。
alison krauss River In The Rain
人類はね、コロナに勝てっこない。
あまりに図に乗り過ぎちゃったんだろうなと思う。
東北震災のときの原子力もそうだったけど
おごりすぎてるような気がする。
事故はある意味、警鐘だったと思う。
そう、方向を変える。
でも、そこを、やり過ごしてしまった。
人は
地球や、自然には、勝てない。
だから奢らないで、人の方がシステムを
地球や自然に合わせなくちゃならないんだと思う。
ここまで、
コンピューターや、技術が発達して
なんで、貧富の差ができるのだろう。
どうしても、そこがわからない。
そこも、不自然だ。
人類は格差を生むことを仕事にしちゃってるんだろうか。
富むものと、貧困なもの。
なんで、日本の若い人たちは
結婚ができないくらい稼げないのだろう。
原発事故は、
警鐘だったと思う。
なぜ、そこで、舵を切れなかったのかな。
なので、コロナがやってきた。
人類はね、コロナに勝てっこない。
経済なんていう、人が作ったシステムは
その前では、まるで無力になってしまう。
勝てるわけがない。
乗り切るためには、
じっと膝を抱えておとなしくしてるしかないんじゃないだろうか。
子どもの頃、
雷さまがやってくると
蚊帳の中で、じっとしてた。
それを思い出すべきなのじゃないかな。
と、自助・共助・公助 そして 絆
店を開くなっていうのだったら
がんばるなって言ってるわけだから
自助は、やりようがない。
最後の絆だけで、いいんじゃないか。
困ってる人たちを支えれば。
それは、
自助であろうが、共助であろうが、公助であろうが
関係ない。
困ってる人たちがいなくなれば、いいじゃん。
それだけ、コロナは手ごわい。
謙虚になった方がいいと思う。
両立できないと思います。
みなで、助け合えばどうにかなるんじゃないのかな。
でも、哀しいことに
この国では自己責任。
そうなんだよね、落ちるヤツはほおっておく。
なんて哀しい社会なんだ。
奢らないで謙虚になろう。
オイラは、そういう気持ちで生きようと思う。
今、オイラも、吹けば飛ぶような存在だ。
オイラ自身も身がやばい。
でも、そこを抜けだしたら
共助に走ろうと思う。
Go to で旅なんかしなくてもいい。
そんなのは、どうでもいい。
それより、今…
ホント、どうしたらいいんだろうな。
ただ、手強いぞ、コロナは。
今まで人類が作ってきたものを壊していく。
試練なんだろうな、きっと。
ここを乗り切れば…。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
すんません。
思い切り、本音とわだかまり、書いちゃいました。
言いたい放題です。
冬眠してないkirigirisuです。
どもです。
さぁ、今回は言いたいこと書くぞぉ~。
BGMを聴きながら書きます。
まちがいなく、論理的じゃなくなるから
あまり突っ込まないようにお願いします。
alison krauss River In The Rain
人類はね、コロナに勝てっこない。
あまりに図に乗り過ぎちゃったんだろうなと思う。
東北震災のときの原子力もそうだったけど
おごりすぎてるような気がする。
事故はある意味、警鐘だったと思う。
そう、方向を変える。
でも、そこを、やり過ごしてしまった。
人は
地球や、自然には、勝てない。
だから奢らないで、人の方がシステムを
地球や自然に合わせなくちゃならないんだと思う。
ここまで、
コンピューターや、技術が発達して
なんで、貧富の差ができるのだろう。
どうしても、そこがわからない。
そこも、不自然だ。
人類は格差を生むことを仕事にしちゃってるんだろうか。
富むものと、貧困なもの。
なんで、日本の若い人たちは
結婚ができないくらい稼げないのだろう。
原発事故は、
警鐘だったと思う。
なぜ、そこで、舵を切れなかったのかな。
なので、コロナがやってきた。
人類はね、コロナに勝てっこない。
経済なんていう、人が作ったシステムは
その前では、まるで無力になってしまう。
勝てるわけがない。
乗り切るためには、
じっと膝を抱えておとなしくしてるしかないんじゃないだろうか。
子どもの頃、
雷さまがやってくると
蚊帳の中で、じっとしてた。
それを思い出すべきなのじゃないかな。
と、自助・共助・公助 そして 絆
店を開くなっていうのだったら
がんばるなって言ってるわけだから
自助は、やりようがない。
最後の絆だけで、いいんじゃないか。
困ってる人たちを支えれば。
それは、
自助であろうが、共助であろうが、公助であろうが
関係ない。
困ってる人たちがいなくなれば、いいじゃん。
それだけ、コロナは手ごわい。
謙虚になった方がいいと思う。
両立できないと思います。
みなで、助け合えばどうにかなるんじゃないのかな。
でも、哀しいことに
この国では自己責任。
そうなんだよね、落ちるヤツはほおっておく。
なんて哀しい社会なんだ。
奢らないで謙虚になろう。
オイラは、そういう気持ちで生きようと思う。
今、オイラも、吹けば飛ぶような存在だ。
オイラ自身も身がやばい。
でも、そこを抜けだしたら
共助に走ろうと思う。
Go to で旅なんかしなくてもいい。
そんなのは、どうでもいい。
それより、今…
ホント、どうしたらいいんだろうな。
ただ、手強いぞ、コロナは。
今まで人類が作ってきたものを壊していく。
試練なんだろうな、きっと。
ここを乗り切れば…。
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すんません。
思い切り、本音とわだかまり、書いちゃいました。
言いたい放題です。
おはよう、あるいは、こんにちは。
kiriです。
なんか、すごいタイトルをつけてしまった。
大風呂敷…
風呂敷を広げ過ぎたか。
ですが…、行ってみます。
今回は前回の続きとなります。
映像に音楽をつけるときの苦悩…
アハハハ、そんなに大げさな話じゃないっす。
どうやってつけるか、みたいな裏話…
これも、アハハハだ。
裏でもない。
がんと生きる 言葉の処方箋 予告
ドキュメンタリー
いつのことだったか
野澤監督から聞いた話。
多分、酒場でだったと思う。
映画に出て欲しい人がいると
カメラをもたず、何度も何度も、訪れるのだという。
ときに、手土産をもち
何度も、何度も。
そして、何度も通っていると
これなら撮影できるという瞬間が必ずやってくるという。
それから、カメラマンと2人で訪れるらしい。
なるほどなぁ。
撮影までにそんなに時間がかかるのか。
そ、撮影までだ。
撮影に入ってからも大変だと思う。
被写体は、役者でも、芸能人でもない。
普通に生活をしている普通の人だ。
その普通の人が
苦しさを語り
嬉しさを語り
哀しみを語り
そして行動するのをカメラは収めていく。
監督は収められたたくさんのシーンから
映像を選び、並べ、編集していく。
できた映像は、ワレワレと同じ、
まったく普通の一般の生活人。
その人たちの、生きる姿。
演技もしない。
素のままの生活。
彼らが喋る。
そこに、どういう音楽をつければいいか…。
マリアのへそ 予告
ドラマ
「マリアのへそ」の舞台はフィリピン。
野澤監督は英語で台本を書いていったんだそうだ。
現地で、役者さんたちに台本を見せた。
ところが、
フィリピンの人たちはなんと、英語を読めなかったんだと。
そ、タガログ語。
あちゃ~Σ(・□・;)
スタートで、しっかり転ぶ野澤監督。
そんな感じでスタートした「マリアのへそ」のロケ。
主人公の女の子も
オーディションで選んだらしい。
主人公の女の子をはじめ
役者さんが、演技をして
リアルを作っていく。
そして、そのリアルには台本があって
どう進んでいくか、地図が書かれている。
「マリアのへそ」は、ドキュドラマなどと、うたっているが
やはり、ドラマだと思う。
主人公の女の子もしっかりと演技をした。
でもって、「マリアのへそ」という物語ができた。
さてさて
そのドラマにどういう音楽をつければいいか…。
ここでBGM行きます。
カルチャークラブ カーマは気まぐれ
そこにどういう音楽をつけるか?
ドラマとドキュメンタリーの音楽はちがうのか!?
ドラマにしても、ドキュメンタリーにしても
仕事始める前に
いつも、何回か見るんだよね。
そ、まったく音楽が入ってない映像。
そして、そこらへんにある音楽を適当につけてみる。
「ちがうな、こうじゃないよな」
などと、ブツブツ言いながら。
「おおお、これだぁ」
そして、なんとなく頭の中でイメージができてくる。
でだ、これまで関わらせてもらった作品で
これもなんとなくなんだけどさ
分析してみると
ドラマの場合、登場人物の感情や物語の流れに乗っかって
観てる人が、登場人物に共感したり、物語に入りやすいようにつけてるよな気がします。
結構、派手に。
で、ドキュメンタリー
まったく派手でない、派手でない。
派手にできないんだよねぇ。
どちらかというと、空気みたいな音楽、
ど~んと行かない音楽、そんな音楽にしてるような気がします。
包み込むというか、そこにふわっとあるというか。
ドキュメンタリーの登場人物は、
オイラと同じように、そこにいる、そこに実際に存在している生身の人間。
その生身の人間が、悩んだり、悲しんだり、困ったり…。
でさ、そんな生身の人間に派手に音楽をつけてしまうと
そ、ドラマっぽくなってしまう。
ん、なんか変か?
でも、なんか妙にリアル感がなくなってしまうというか、なんというか。
と、もうひとつ
リアルに存在している苦しみや哀しみに
暗い音楽は、つけたくない。
辛すぎるジャン。
もしかしたら、こういうつけ方をするのは
オイラだけかもしれないんだけどさ。
そ、そんな感じでやってる。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
やっぱり、自爆した。
今回、
ドラマの音楽はこう
ドキュメンタリーの音楽はこう
って定義づけてやろうと思って
気負って書きだした。
でもな、
あれれれれ、
そか、そこまで深く考えてやってないことに気がついてしまった。
そう、案外、いい加減にやってる。
テキトー\(^o^)/
あははは、だ。
でも、書いててこんなコトも思った。
音楽とか、テキトーな方がいいのかもな。
それで、いいのかもしれない。
ひとつだけ、最後に。
例えば、台風が来て街が水浸しになる。
救助隊がやってきて救助にあたる。
ここに、もし音楽をつけるとしたら、
仮に、ベートーベンの「悲愴」は絶対につけられない。
なぜなら、今、そこにある苦難であり、リアルなものだから。
そのシーンには、音楽をつけないのが、一番いい選択だと思う。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
ドキュメンタリーの仲間たち
インターネット上映会
1月は
野澤和之監督 「生きる力を求めて」です。
どういうわけか、ここに予告を張り付けられないです。
と、この作品はオイラは、音楽でかかわってないですが、
よさそうです。
詳しくはこちらをどうぞ。
https://www.filmmaker-viale.com/
kiriです。
なんか、すごいタイトルをつけてしまった。
大風呂敷…
風呂敷を広げ過ぎたか。
ですが…、行ってみます。
今回は前回の続きとなります。
映像に音楽をつけるときの苦悩…
アハハハ、そんなに大げさな話じゃないっす。
どうやってつけるか、みたいな裏話…
これも、アハハハだ。
裏でもない。
がんと生きる 言葉の処方箋 予告
ドキュメンタリー
いつのことだったか
野澤監督から聞いた話。
多分、酒場でだったと思う。
映画に出て欲しい人がいると
カメラをもたず、何度も何度も、訪れるのだという。
ときに、手土産をもち
何度も、何度も。
そして、何度も通っていると
これなら撮影できるという瞬間が必ずやってくるという。
それから、カメラマンと2人で訪れるらしい。
なるほどなぁ。
撮影までにそんなに時間がかかるのか。
そ、撮影までだ。
撮影に入ってからも大変だと思う。
被写体は、役者でも、芸能人でもない。
普通に生活をしている普通の人だ。
その普通の人が
苦しさを語り
嬉しさを語り
哀しみを語り
そして行動するのをカメラは収めていく。
監督は収められたたくさんのシーンから
映像を選び、並べ、編集していく。
できた映像は、ワレワレと同じ、
まったく普通の一般の生活人。
その人たちの、生きる姿。
演技もしない。
素のままの生活。
彼らが喋る。
そこに、どういう音楽をつければいいか…。
マリアのへそ 予告
ドラマ
「マリアのへそ」の舞台はフィリピン。
野澤監督は英語で台本を書いていったんだそうだ。
現地で、役者さんたちに台本を見せた。
ところが、
フィリピンの人たちはなんと、英語を読めなかったんだと。
そ、タガログ語。
あちゃ~Σ(・□・;)
スタートで、しっかり転ぶ野澤監督。
そんな感じでスタートした「マリアのへそ」のロケ。
主人公の女の子も
オーディションで選んだらしい。
主人公の女の子をはじめ
役者さんが、演技をして
リアルを作っていく。
そして、そのリアルには台本があって
どう進んでいくか、地図が書かれている。
「マリアのへそ」は、ドキュドラマなどと、うたっているが
やはり、ドラマだと思う。
主人公の女の子もしっかりと演技をした。
でもって、「マリアのへそ」という物語ができた。
さてさて
そのドラマにどういう音楽をつければいいか…。
ここでBGM行きます。
カルチャークラブ カーマは気まぐれ
そこにどういう音楽をつけるか?
ドラマとドキュメンタリーの音楽はちがうのか!?
ドラマにしても、ドキュメンタリーにしても
仕事始める前に
いつも、何回か見るんだよね。
そ、まったく音楽が入ってない映像。
そして、そこらへんにある音楽を適当につけてみる。
「ちがうな、こうじゃないよな」
などと、ブツブツ言いながら。
「おおお、これだぁ」
そして、なんとなく頭の中でイメージができてくる。
でだ、これまで関わらせてもらった作品で
これもなんとなくなんだけどさ
分析してみると
ドラマの場合、登場人物の感情や物語の流れに乗っかって
観てる人が、登場人物に共感したり、物語に入りやすいようにつけてるよな気がします。
結構、派手に。
で、ドキュメンタリー
まったく派手でない、派手でない。
派手にできないんだよねぇ。
どちらかというと、空気みたいな音楽、
ど~んと行かない音楽、そんな音楽にしてるような気がします。
包み込むというか、そこにふわっとあるというか。
ドキュメンタリーの登場人物は、
オイラと同じように、そこにいる、そこに実際に存在している生身の人間。
その生身の人間が、悩んだり、悲しんだり、困ったり…。
でさ、そんな生身の人間に派手に音楽をつけてしまうと
そ、ドラマっぽくなってしまう。
ん、なんか変か?
でも、なんか妙にリアル感がなくなってしまうというか、なんというか。
と、もうひとつ
リアルに存在している苦しみや哀しみに
暗い音楽は、つけたくない。
辛すぎるジャン。
もしかしたら、こういうつけ方をするのは
オイラだけかもしれないんだけどさ。
そ、そんな感じでやってる。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
やっぱり、自爆した。
今回、
ドラマの音楽はこう
ドキュメンタリーの音楽はこう
って定義づけてやろうと思って
気負って書きだした。
でもな、
あれれれれ、
そか、そこまで深く考えてやってないことに気がついてしまった。
そう、案外、いい加減にやってる。
テキトー\(^o^)/
あははは、だ。
でも、書いててこんなコトも思った。
音楽とか、テキトーな方がいいのかもな。
それで、いいのかもしれない。
ひとつだけ、最後に。
例えば、台風が来て街が水浸しになる。
救助隊がやってきて救助にあたる。
ここに、もし音楽をつけるとしたら、
仮に、ベートーベンの「悲愴」は絶対につけられない。
なぜなら、今、そこにある苦難であり、リアルなものだから。
そのシーンには、音楽をつけないのが、一番いい選択だと思う。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
ドキュメンタリーの仲間たち
インターネット上映会
1月は
野澤和之監督 「生きる力を求めて」です。
どういうわけか、ここに予告を張り付けられないです。
と、この作品はオイラは、音楽でかかわってないですが、
よさそうです。
詳しくはこちらをどうぞ。
https://www.filmmaker-viale.com/
ありがたいことに
無事、年を越せました。
今年もよろしくお願い申し上げます。
新年ニューバージョンのkirigirisuです。
冬眠しておりません。
そこらへんで、ぶっ倒れておりません。
寒さに立派に耐えてる冬のkirigirisuです。
というわけで
今回のBGM カッコいい音楽
Meghan Trainor Me too
さぁ、今日は仕事の話。
音楽を言葉にするってのは、難しいって話。
オイラにメールが届く。
kirigirisuさんへ
以下の感じで選曲をお願いします。
(実際、こんな感じで指示が来ます。M1は1曲めってこと。
その次の数字は、どこから始まってどこで終わるかのタイム)
M 1 00:00:00~00:55:15 センスがいい音楽
M 2 02:25:15~03:45:10 優しい感じの音楽
M 3 05:10:20~07:05:13 カッコいい音楽
オイラは困ってしまう。
M2は、なんとなくわかる。
心があったかくなるような、思いやりの雰囲気をもつ音楽ってコトだよな。
ところが、M1とM3、これが困る。
センスがいい…
ジャズのオシャレなヤツかな。
まぁ、カントリーじゃないよなぁ。
今風の打ち込み系の洒落た音楽か、もしかすっと。
そうか、黒人音楽もセンスいいよな。
都会的ってコトなんだろうけど。
案外、幅が広い。
かっこいい音楽…
こっちはもっと困る。
オイラ的にはロックになっちゃうんだけど
黒人音楽をかっこいいと感じる人もいる。
テクノをかっこいいと感じる人、
ジャニーズもありうるかも…。
人によって様々だ。
わからん。
オイラは電話をかける。
「メール、ありがとうございます。
ちょっと質問があるんですけど
今、話してて大丈夫ですか。
あの、センスがいいって、都会っぽいジャズみたいなの
それとも、今風のテクノですか?
かっこいいは、ロックで大丈夫ですか」
ついでに、2番ももっと具体的にしてしまう。
「優しい音楽ってピアノなんかの
暖かい雰囲気でいいですか」
これは、若い世代に多い。
上の世代は上の世代でまたすごい指示がやってくる。
「おい、kirigirisu。 はみ出すような音楽を頼む」
ん~、文学的すぎる。
そして、野澤監督の指示。
「アイダさん、思い切って好きなようにやってくれ」
何度、このフレーズを聞いたことか。
アハハハ、好きなようにやっていいんですか、野澤監督。
調子に乗って、思い切りやってしまうと
大変なコトになる。
テクノなんかをつけてしまうと
野澤監督は
この世の終わりのような顔をして
頭をかかえることになる。
そ、多分、今回BGMにしてる曲なんかもダメだろうなぁ。
何度この失敗をやったコトか。
こういう失敗を何度もやって
オイラは、わからなかったら質問ぜめ作戦を取るようになった。
いや、ちがうな、
こちらから提案して、できるだけ具体的に方向を決めちゃうってやり方。
「監督、ここは、笛でいいですか。
フルートじゃないですよ。
小学生なんかが、吹いてるリコーダーってヤツ。
素朴な感じにぴったりじゃないですか」
「おおお、そうか、素朴かぁ」
「ハーモニカなんかも、いいかもです」
「おおお、ハーモニカか」
「そういえば、カリンバっていうアフリカの楽器もおもしろいかもしれないです」
「カリンバかぁ、そうだな、今回はそれがいいかもしれない」
ダイジョブか、監督、どんな音かわかってるのか。
カリンバ。
ヤマンバと勘違いしてないか。
もしかすると、ナマハゲが踊るときの音楽を想像しているかもしれない。
きっとそうだ。多分勘違いしてる。
でも、舐めると大変なコトになる。
ときどき、野澤監督は、メッチャ鋭くなる。
さすがに監督、映画音楽と、なぜかクラシックに関しては造形が深い。
そして、映画音楽は渋いトコロを提案してくる。
「アイダさん、フェリーニの道みたいな音楽はどうだ」
(マリアのとき)
「今回はライクーダーだ。パリ、テキサス」
すると今度はオイラがついていけなくなる。
オイラはレンタルビデオ屋さんに走ることになる。
という訳で、続きます。
さてさて、次回は、オイラが気をつけていること。
ドキュメンタリーとドラマの音楽は、どこがちがう?
映像と音楽のマッチングに正解はないので
もしかすると、オイラの独断かもしれないけど
行っちゃいます。
1月5日に、アップ予定です。
ダイジョブか、間に合うか、オイラ!?
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
ドキュメンタリーの仲間たち
インターネット上映会
1月は
野澤和之監督 「生きる力を求めて」です。
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無事、年を越せました。
今年もよろしくお願い申し上げます。
新年ニューバージョンのkirigirisuです。
冬眠しておりません。
そこらへんで、ぶっ倒れておりません。
寒さに立派に耐えてる冬のkirigirisuです。
というわけで
今回のBGM カッコいい音楽
Meghan Trainor Me too
さぁ、今日は仕事の話。
音楽を言葉にするってのは、難しいって話。
オイラにメールが届く。
kirigirisuさんへ
以下の感じで選曲をお願いします。
(実際、こんな感じで指示が来ます。M1は1曲めってこと。
その次の数字は、どこから始まってどこで終わるかのタイム)
M 1 00:00:00~00:55:15 センスがいい音楽
M 2 02:25:15~03:45:10 優しい感じの音楽
M 3 05:10:20~07:05:13 カッコいい音楽
オイラは困ってしまう。
M2は、なんとなくわかる。
心があったかくなるような、思いやりの雰囲気をもつ音楽ってコトだよな。
ところが、M1とM3、これが困る。
センスがいい…
ジャズのオシャレなヤツかな。
まぁ、カントリーじゃないよなぁ。
今風の打ち込み系の洒落た音楽か、もしかすっと。
そうか、黒人音楽もセンスいいよな。
都会的ってコトなんだろうけど。
案外、幅が広い。
かっこいい音楽…
こっちはもっと困る。
オイラ的にはロックになっちゃうんだけど
黒人音楽をかっこいいと感じる人もいる。
テクノをかっこいいと感じる人、
ジャニーズもありうるかも…。
人によって様々だ。
わからん。
オイラは電話をかける。
「メール、ありがとうございます。
ちょっと質問があるんですけど
今、話してて大丈夫ですか。
あの、センスがいいって、都会っぽいジャズみたいなの
それとも、今風のテクノですか?
かっこいいは、ロックで大丈夫ですか」
ついでに、2番ももっと具体的にしてしまう。
「優しい音楽ってピアノなんかの
暖かい雰囲気でいいですか」
これは、若い世代に多い。
上の世代は上の世代でまたすごい指示がやってくる。
「おい、kirigirisu。 はみ出すような音楽を頼む」
ん~、文学的すぎる。
そして、野澤監督の指示。
「アイダさん、思い切って好きなようにやってくれ」
何度、このフレーズを聞いたことか。
アハハハ、好きなようにやっていいんですか、野澤監督。
調子に乗って、思い切りやってしまうと
大変なコトになる。
テクノなんかをつけてしまうと
野澤監督は
この世の終わりのような顔をして
頭をかかえることになる。
そ、多分、今回BGMにしてる曲なんかもダメだろうなぁ。
何度この失敗をやったコトか。
こういう失敗を何度もやって
オイラは、わからなかったら質問ぜめ作戦を取るようになった。
いや、ちがうな、
こちらから提案して、できるだけ具体的に方向を決めちゃうってやり方。
「監督、ここは、笛でいいですか。
フルートじゃないですよ。
小学生なんかが、吹いてるリコーダーってヤツ。
素朴な感じにぴったりじゃないですか」
「おおお、そうか、素朴かぁ」
「ハーモニカなんかも、いいかもです」
「おおお、ハーモニカか」
「そういえば、カリンバっていうアフリカの楽器もおもしろいかもしれないです」
「カリンバかぁ、そうだな、今回はそれがいいかもしれない」
ダイジョブか、監督、どんな音かわかってるのか。
カリンバ。
ヤマンバと勘違いしてないか。
もしかすると、ナマハゲが踊るときの音楽を想像しているかもしれない。
きっとそうだ。多分勘違いしてる。
でも、舐めると大変なコトになる。
ときどき、野澤監督は、メッチャ鋭くなる。
さすがに監督、映画音楽と、なぜかクラシックに関しては造形が深い。
そして、映画音楽は渋いトコロを提案してくる。
「アイダさん、フェリーニの道みたいな音楽はどうだ」
(マリアのとき)
「今回はライクーダーだ。パリ、テキサス」
すると今度はオイラがついていけなくなる。
オイラはレンタルビデオ屋さんに走ることになる。
という訳で、続きます。
さてさて、次回は、オイラが気をつけていること。
ドキュメンタリーとドラマの音楽は、どこがちがう?
映像と音楽のマッチングに正解はないので
もしかすると、オイラの独断かもしれないけど
行っちゃいます。
1月5日に、アップ予定です。
ダイジョブか、間に合うか、オイラ!?
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
ドキュメンタリーの仲間たち
インターネット上映会
1月は
野澤和之監督 「生きる力を求めて」です。
詳しくはこちらをどうぞ。
https://www.filmmaker-viale.com/
2020年お疲れ様でした。
kiriです。
で、本日が、2020年の最終日。
すごい1年でした。
今年の日々が
映画か、小説だったら
それなりに楽しんでたんでしょうが
現実でした。
今年はコロナで幕を閉じます。
さて、今日のBGM行きます。
raspberries go all the way
大変な1年だったけれど
でも
今日、ネットの中に
嬉しいニュースを発見しました。
「この局面乗り切らないと」=逼迫する保健所や病院―年末年始、休み返上・コロナ
そこから、抜粋、コピーします。
立川市の「うちだ内科医院」は、大みそかと元日に臨時の発熱外来を開設する。来院した患者に感染の疑いがあれば、その場でPCR検査を行う。鎌形博展院長(39)は「年末の救急病院はただでさえ忙しい上、休診のクリニックが多い。新型コロナの対応もある中、このまま大病院に患者が集中すれば崩壊は目に見えている」と強調。「患者の行き場がなくならないよう、できることをやっていきたい」と力を込めた。
すごいなと思う。
正念場で、自分よりも、人のために動く。
なかなかできることじゃないです。
こういう気持ちが、連鎖していけば、
この局面、なんとか乗り切れるんじゃないのかと思います。
ありがたいと思います。
感謝します。
自分よりも、人のことを考えて動く。
ニッポンに住む人たちが皆、そういう気持ちになれば…。
無理かなぁ、それは?
まっ、オイラ自身がまず率先してやらなくては、
なんだろうけど
できるかなぁ、オイラに。
でも、少しでも…。
今年、また、ふらっとブログに戻ってきたオイラを
またまた受け入れてくれた皆さん
本当に、ありがとうございました。
健康に気をつけて
よいお年をお迎えください。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
ドキュメンタリーの仲間たち
インターネット上映会
https://www.filmmaker-viale.com/
今年は3本め「マリアのへそ」で終了しました。
ありがとうございました。
また、2021年も続きます。
よろしかったら、また明日からもよろしくお願いします。
kiriです。
で、本日が、2020年の最終日。
すごい1年でした。
今年の日々が
映画か、小説だったら
それなりに楽しんでたんでしょうが
現実でした。
今年はコロナで幕を閉じます。
さて、今日のBGM行きます。
raspberries go all the way
大変な1年だったけれど
でも
今日、ネットの中に
嬉しいニュースを発見しました。
「この局面乗り切らないと」=逼迫する保健所や病院―年末年始、休み返上・コロナ
そこから、抜粋、コピーします。
立川市の「うちだ内科医院」は、大みそかと元日に臨時の発熱外来を開設する。来院した患者に感染の疑いがあれば、その場でPCR検査を行う。鎌形博展院長(39)は「年末の救急病院はただでさえ忙しい上、休診のクリニックが多い。新型コロナの対応もある中、このまま大病院に患者が集中すれば崩壊は目に見えている」と強調。「患者の行き場がなくならないよう、できることをやっていきたい」と力を込めた。
すごいなと思う。
正念場で、自分よりも、人のために動く。
なかなかできることじゃないです。
こういう気持ちが、連鎖していけば、
この局面、なんとか乗り切れるんじゃないのかと思います。
ありがたいと思います。
感謝します。
自分よりも、人のことを考えて動く。
ニッポンに住む人たちが皆、そういう気持ちになれば…。
無理かなぁ、それは?
まっ、オイラ自身がまず率先してやらなくては、
なんだろうけど
できるかなぁ、オイラに。
でも、少しでも…。
今年、また、ふらっとブログに戻ってきたオイラを
またまた受け入れてくれた皆さん
本当に、ありがとうございました。
健康に気をつけて
よいお年をお迎えください。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
ドキュメンタリーの仲間たち
インターネット上映会
https://www.filmmaker-viale.com/
今年は3本め「マリアのへそ」で終了しました。
ありがとうございました。
また、2021年も続きます。
よろしかったら、また明日からもよろしくお願いします。