7月17日(日)
インストラクター講座 座学6回目でした。

前回、前々回の復習を少ししたあと
(繋がっているので自然にそうなるw)
 

今回の新しいトピックに入っていきました。
 
今回は、

 

 

黄金期(1940〜1970年代)に

 

活躍したダンサーたち

そして、リズムでした。
 

まずは、華やかなに時代を彩った
素晴らしいダンサーたちをご紹介いたします。


*随時、加筆していきますね。


 

 

 

①バディア・マサブニ

Badia Masabni(1893-1974)

シリア人とレバノン人を両親に持つ。

 

 

 

 

 

【キャリア】

オペラカジノのオーナー

ダンサー

女優

 

アメリカに住んでいた彼女は、

ショウアッフしたベリーダンスが観れる

外国人向けの高級クラブ「オペラカジノ」を

カイロでオープンさせた。

 

 

【プロデューサーとして活躍】

タヒアカリオカ、サミアガマル、ナイマアーキフなどの、素晴らしいダンサーを発掘する

先見の明もあり、根っからのビジネスウーマン。

  

 

【踊りの特徴】

クラブで踊れる、キャバレースタイルを確立。

ジャズ、タヒチアン、サンバなど融合している。

 

 

 

 

②タヒア・カリオカ

Tahiya Kariokka(1915〜1999)

エジプト イスマイリア出身

 

 

 

 

【キャリア】

ベリーダンサー

映画女優

歌手

  

 

バディア・マサブニ(Badia Masabni)に

見染められ、「オペラカジノ」で踊るやいなや

すぐにソロで活躍するようになり

名をあげていく。

 

その後、映画にも出演し

ファリド・エル・アトラシュ(作曲家、俳優)

共演し、さらに有名になる。

 

 

【踊りの特徴】

サンバスタイルを融合した踊り。

カリオカは、ブラジルのという意味。

 

 

 

 

③サミア・ガマル

Samia Gamal(1924〜1994)

エジプト出身

 

 

 

 

【キャリア】

ベリーダンサー

映画女優

 

 

バディア・マサブニ(Badia Masabni)と出会い

ダンサーとして、

また映画女優として活躍する。

 

 

タヒア・カリオカ(Tahiya Kariokka)を

師事していた。

 

 

【踊りの特徴】

サンバ(タヒア・カリオカの影響)が融合された、

ポップで、エネルギッシュな感じ。

 

 

 

 

④ナイマ・アーキフ

Naima Akef(1929〜1966)

ナイルデルタ タンタ出身

 

 

 

 

【キャリア】

サーカス曲芸師

ダンサー

映画女優

 

 

両親が、有名なサーカス団Akef Circus(ナイマの祖父が運営)の曲芸師で、

ナイマも4歳から始める。

 

そこでアクロバティックな動きを

習得したと思われる。

 

 

 

後に、バディア・マサブニと出会い

オペラカジノのダンサーとなる、が、

 

 

歌って踊れるダンサーであり

バディアがひいきにしていたので

他のダンサーたちに反感をかっていたので

そこでは、長く続かなかった。

 

 

 

映画女優として、映画にも出演。

その中の1つの、共演者は、伝統的な歌手で

作曲家のモハメッド・アブデル・ワッハーブの

甥である、歌手のサアド・アブデル・ワッハーブ。

 

 

【踊りの特徴】

アクロバティックな踊り。

歌って踊れるスターだったので、嫉妬も多かった。

 

 

 

 

[オペラカジノ以外のダンサー]

 

⑤スヘイラ・ザキ

Soheir Zaki(1945〜 )

エジプト出身

 

 

 

 

【キャリア】

 

タヒア・カリオカ、サミア・ガマルに

インスパイアされた。

 

 

スヘイラ・ザキが得意だった

骨盤タテの動き(踵を上げて移動)が

そのまま、彼女の名前になっている。

 

 

 

エジプトや、アラブ諸国で絶大な支持を得ていた

ウーム・クルスームの歌『エンタ・オムリ』を

初めて踊ったダンサーとしても有名。
 

 

 

【踊りの特徴】

腰を上下に動かし、ステップする動き。

(動きの名前も、スヘイラザキ)

 

 

 

 

⑥ナグワ・フォワード

Nagwa Fouad(1939〜 )
エジプト出身

 

 

 

 

【キャリア】 

プロデューサーのパートナーと活動していた。

 

 

伝統的な歌手で作曲家の

モハメッド・アブデル・ワッハーブが

 

【アマル フォーティーン】(14番目の月)

という曲を彼女のために作り、 

 

それがきっかけで、伝統的なオリエンタルダンスから今のダンスに繋がるものを作った。

 

 

彼女曰く、

タヒア・カリオカ、サミア・ガマルの

オリエンタルダンスと、

 

ナイマのアクロバティックな

スタイルを合わせてドラマティックな

ショーができたらしい。

 

 

 

【踊りの特徴】

クラシックなオリエンタルスタイル。

モハメッド・アブデル・ワッハーブの曲により

 

 

ソロから現代の踊りに

繋がるようなカタチを作った。

 

 

 

 

 

⑦フィフィ・アブド

Fifi Abdo(1953〜 )

エジプト出身

 

 

 

 

【キャリア】

12歳の時、バラディ団に加わる。

 

ルメリディアン、メナハウス、

エルゲジラシェラトンなど、

5つ星のホテルで踊っていた。

 

 

【踊りの特徴】

バラディスタイル。

 

シーシャを吸いながら

出てきたりする時もあった。

 

 

 

 

[国立レダ舞踊団のダンサー]

 

①マフムード・レダ

(1930〜2020)

 

 

 

 

 

 

 

【キャリア】

西洋化され、ショウアップされてきた

ベリーダンスを、なんとかして

エジプト本来のダンス(フォークロア)を

ひろめていこう、残していこうと

 

エジプト政府の機関が、国立舞踊団を作り、

国立レダ舞踊団として、任されることになる。

 

 

 

【ダンスの特徴】

芸術として、後世に残すために

 

その土地、土地の特徴をデフォルメし

 

土着的なものよりも、

ショウアップして作っている。

 

 

 

 

 

②ファリーダ・ファフミー

Farida Fahmy

年代不明(マフムード・レダとほぼ同時期)

 

 

 

 

 

【キャリア】

マフムード・レダの右腕とも言うべき存在。

レダ舞踊団で、ソリスト(ソロ)で踊り

レダは、構成、

衣装は、ファフミがやっていた。

 

 

 

【踊りの特徴】

バレエ要素が強く、

ソロを目立たせる構成にして踊っている。