もう二度と同じ過ちは犯さないと誓い
戒めとして付けていた時計は、反対の腕に今もはめている。

決して誓いを忘れた訳ではなかったが
こいつだけは許せない……

ずいと彼女の前に立ち塞がった--------

筈だったが何故か、逆に彼女に立ち塞がれて
お姫様のように守られる立場になっていた。

怒りが頂点にまで達したキョーコは俺の戸惑いに気づく事もなく
興奮した口調で捲し立てている。
右足を一歩前に出しヘンリーを指差して非難する姿は
知的で大人なリサのイメージからかけ離れていて
相手は圧倒されるばかりであった。

「もぉぉぉぉぉぉ~~~~~許さないんだからぁぁぁ~~~~~
あんたなんて地獄の底に突き落としてやるう!!!
行くのよ!怨キョたち!」

久しぶりに怨キョ総動員でヘンリーめがけてぶちかましていたが
久遠には見える筈もない。
ただ異様な殺気とヘンリーの狼狽ぶりに何か異常事態が起こっていることだけは久遠も感じ取っていた。

「止めろ、リサ!痛っ、わっ!何だ?何がどうなってんだ!?
つっ!重い!身体が動かない!うわぁぁぁぁ~~~~~~!!!
ヤメろぉぉぉ!!!!!」

防戦一方で、動けずに苦しんでいるヘンリーを
息の根をとめんとばかりに更に畳み掛ける。

「あんたが久遠のどんな過去を知っているのか知らないけど、言うに事を欠いて人殺しはない!人としてどうかしてるわ!」
「本当なんだ!こいつは昔、俺の仲間を半殺しにしただけでは飽き足らず、自分の親友を殺した奴なんだぞ!」
「フンッ、だから何なの!」
「えっ……あ……」

全く動じないキョーコにヘンリーは拍子抜けとなってしまう。

「あれは不幸な事故だったわ・・・・・・それに・・・確かに彼もやりすぎたと思うけど、そこまで久遠を追い詰めたのは貴方達でしょ!久遠を人殺しと言うのならば、貴方も同罪よ!貴方がそんな事を言う資格はない!!!!」

言い切ったキョーコは、ちらりと背後の久遠の様子を見た。
彼がまだ過去を引きずっている事は知っていたし、多分死ぬまで忘れないと思う。
罪に苦しみながらも逃げずに頑張っている久遠は本当に凄いと思うし、支えたいとも思っていた。

「知ってたのか・・・・・・こいつの恐ろしさを知ってもなお、こいつの傍にいたのか?どうしてだ?こいつのどこがそんなにいいんだ?顔か?それとも見せかけだけの優しさか?」
「違う・・・・・・見せかけなんかじゃない。彼は本当に優しいわ。」
「嘘だ!君は騙されてるんだ!本当に優しい男が、俺の仲間をあんな酷い目に合わせるわけがない!」
「それは自業自得でしょ。」
「リサ、お願いだから目を覚ませ。」
「ヘンリー、ごめんなさい。あなたの気持ちには答えられないわ。
私はね、久遠だけを愛してるの・・・・・・」
「ツッ、止めろぉぉぉ!!!何も聞こえない!!
わぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!!!!」

「ヘンリー・・・・・・?」

耳を抑え、大きな声で狂ったように叫ぶヘンリーに、キョーコは怖くなって後ずさった。
トンと、後ろに立っていた久遠にぶつかって抱きとめられる。

再び久遠に抱きしめられる形になったキョーコに
ヘンリーは逆に頭が冷え、そして強い違和感を感じた。
彼女は自分の隣にいる筈の女性であるにも関わらず
自分が一番嫌いな奴に抱かれて
あろうことか愛してるとまで言ってのけた。
奴に騙されて血迷った、世迷いごとだとわかっていても
苛立たしさが全身に広がる。

「君の隣にこいつは似合わない!君はこれからどんどん羽ばたいていく人間だ。それに比べてこいつは何をしてた?役者の仕事も放り投げて、現実から目を逸らし逃げてただけの男じゃないか!僕はその間、逃げずにずっと頑張ってきた。君が愛すべき男はこの私だ!!」
「それは違う。久遠は、一度は逃げたかもしれないけど、役者の仕事はずっと続けていたのよ。」
「どこでだ?」
「それは・・・・」

言い淀むキョーコにヘンリーは勝ち誇った笑みを浮かべて言い放った。

「どうせ、どっかの底辺の劇場で自己満足な演技に浸ってただけだろ!」
「そんな事はない!久遠は凄いのよ!私は彼の演技に惹かれてこの世界に入ったわ。今でも彼は私の目標で、演技に対する姿勢も含めて彼を尊敬しているわ!」
「クスッ・・・・尊敬ねぇ・・・・・リサは、相変わらず世間知らずだね。
まぁ、それも僕の演技を見たら君の考えも変わるだろう。だがね、
間違った選択は時に、自分の足元をすくわれるんだよ、リサ。」
「何が言いたいの?」
「そのくらい言わなくてもわかるだろ。ね、それよりリサ、僕は今度、ビスコンティ監督が撮る映画に主演が決まったんだ。」
「え?あっ、おめでとうございます。」

どれだけ怒っていても、つい条件反射でお辞儀をしてしまうキョーコだった。

「ありがとう、だから見てて欲しいんだ。僕は今度の映画で、絶対に世間にも認めさせる。君がいる場所にすぐに追いついてみせるから、こんな奴となんて早く別れて、僕の元に来て欲しいんだ。待ってるから。」
「冗談でしょ!絶対に別れないわ!!!」

どうしてまた、そこに話が戻るのか
大概頭にきていたキョーコはまたヘンリーに詰め寄ろうとしたが
一歩出遅れてしまい、久遠の背後に追いやられた。

「ビスコンティ監督の映画なら俺も出る!」

それまでずっと黙っていた久遠が口を開いた。
キョーコは後ろから得意げな顔で頷いている。

「ふん!どうせこれからオーディションでも受けるとかだろ。」
「いや、そのつもりだったが、そっちはすでに断られている。」

あまりにもあっさり否定してしまったので、キョーコは久遠の袖をギュッと握りしめて、心配そうに顔を見上げる。

「え!?嘘、久遠。どうして?一体何があったの?まさか……兄さんの仕業じゃないでしょうね。」
「キョーコはチャックをどうしても悪者にしたいんだね。あの人はそんな小細工はしないよ。」
「なら、何故!?」

首を小さく傾げて、不服そうな顔をするリサにヘンリーは嫌みたらしく笑みを浮かべる。

「ククク……リサ、それ以上聞くのは野暮だよ。実力がないからに決まってるじゃないか。早くにそれがわかって、クオンもよかったじゃないか。」
「ああ、確かにそうだ。遠回りする事もなく、君の敵役に決まったからね。」
「お前が準主役?嘘だろ……」

さらりと言いのけたサプライズに、キョーコの顔はみるみる綻んでくる。

「本当に⁉︎凄いわ、久遠!さっき呼び出されたのはこの事だったのね。」
「ああ、監督からの正式オファーだ。細かい契約はまた今度だけど、監督には了承の旨を伝えている。」
「おめでとう!久遠!やったわね!貴方なら絶対にできると信じてたわ!」

抱きついてキスをする2人を前に、1人取り残されたヘンリーは険しい顔つきとなり、拳をきつく握りしめていた。

「ふん、今度はどんな汚い手を使って役を手に入れたんだ?」
「特に何もしてない。あの役を演じて欲しいと名指しで、監督自ら出向いてくれたからね。」
「嘘だ!……あれは……凄く複雑で、いくつもの人格を演じ分けなければいけない、とても難しい役なんだ……お前なんかが……
何の努力もして来なかったお前なんかが、やれるような代物じゃないんだぁぁ~~~!!!!!!」

久遠のすべてを否定するかのように叫ぶヘンリーに
キョーコは不安を隠せなかった。
彼は久遠の過去のトラウマの1人だ。
その男が今目の前に現れ、また彼を否定している。

もしも昔みたいに
凶暴な牙を向いて暴走してしまったら……
今まで頑張ってきたすべてが台無しになる。
キョーコは久遠が闇に飲み込まれないように
キツく抱きしめるのだった。

「リサ~ そこにいるのぉ?」

帰りが遅いのを心配して様子を見に来たケイトの声が
一触即発のピリピリした空気を和らげた。

しかし決して、危機が過ぎ去った訳ではなかった。

つづく


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