ICUにいる間にたぶん、3度の手術を受けた
なかには、指の先から手首まで全部の指に針金を通した
指が曲がらないようにだ
ICUのすぐ近くの救急病棟に移ってから、食事をとれるようになった
水分は1日100㏄までだ
水分が欲しくて、お粥の水分だけを飲んだ
りもした
この時、私の両手はグローブ状になっていた
指はまったく動かせず、二時間おきに体制を変えてもらっていたが、これが凄くいたかった
ナースコールは通常のものが使えず、大きな箱に突起が付いたものを腕全体で押すようにしていた
この頃苦労したのが点滴の血管探しだ
腕は全体を植皮していたので血管はなく、足の甲から点滴をするようになった
が、なかなか真っ直ぐな血管が見つからなくて、何度も針をさす
酷いときには、両足に1人ずつ看護師がついて、それぞれ針をいれるように血管を探す
猛烈に痛い
"痛い"と叫ぶと、"私?"と両足の看護師が聞いてくるので、"右足です"とか、"両足です"とか、痛みに耐えて答える
20回以上挑戦される
"もう一回だけ"を何度も繰り返される
やっと入っても、直ぐに血管がつぶれてしまい、結局毎日この繰り返しだ
しまいには、血管を探す機械を持ってくる
でも、結局血管は見つからず、また何度も刺される
看護師も、"可哀想でやりたくない"と言う
"私、自信無いの"と別の看護師を呼んでくることもしょっちゅうだ
だから、だいたい毎日血管を探すのに3人の看護師が来る
それぞれの足に1人ずつとその後ろであーだこーだ言う看護師
調子良く血管が2日もつとラッキーだと喜んだ
救急病棟の部屋は四人部屋で広いスペースの真ん中で、看護師が作業をするスペースがある
常に看護師が常駐できるようにだ
同じ部屋にはおじいちゃんが3人いた
女は私1人だ
聞いたら、ここは男女別ではなく、病状により部屋割りをしていると言っていた
私の部屋の人はしょっちゅうICUに戻ったり、動けなかったり、まだまだ死と直面している人達だった
食事は看護師に食べさせてもらっていたが、ペースが早く、無理に食べさせられるので、食後に嘔吐することも多かった
食事の時間、血管を探す時間、体制を変える時間、体を洗う時間が苦痛で逃げ出したかった
体制を変える時間と体を洗う時間はまた思い出したら書こう
とにかく痛かったとしか覚えていないので、それ以外の記憶は無いのだ