第七二四海軍航空隊
横須賀鎮守府所管(特設)
第七二四海軍航空隊
【開隊】
昭和20年7月1日
【装備機種】
陸上練習機・練習爆撃機
【原隊/原駐地】
神之池航空基地(茨城県)
【最終所属】
連合艦隊
【解隊】
敗戦時
【司令】
伊東 祐満 大佐 (海兵51期)
【副長兼飛行長】
多田 篤次 少佐
【整備主任】
矢内 久次郎少佐
【飛行隊長】
太平 洋 大尉 (海兵71期)
【第二分隊長】
東条 重道 大尉
【特記事項】
ジェット推進の特殊攻撃機「橘花」を装備し、本土決戦時に出撃する予定だった。
横須賀海軍航空隊で編成業務が行われ、飛行科は飛行隊長以下154名。基幹員は若い大尉3名、中・少尉10名、飛曹長・上飛曹9名と練成員からなっていた。部隊は訓練のため三沢基地に展開した。
また、三沢では同基地で直前に解隊された予科練航空隊の予科練教育未了の甲飛14期、16期の練習生が350名ほど付属していた。
第七二四海軍航空隊
【開隊】
昭和20年7月1日
【装備機種】
陸上練習機・練習爆撃機
【原隊/原駐地】
神之池航空基地(茨城県)
【最終所属】
連合艦隊
【解隊】
敗戦時
【司令】
伊東 祐満 大佐 (海兵51期)
【副長兼飛行長】
多田 篤次 少佐
【整備主任】
矢内 久次郎少佐
【飛行隊長】
太平 洋 大尉 (海兵71期)
【第二分隊長】
東条 重道 大尉
【特記事項】
ジェット推進の特殊攻撃機「橘花」を装備し、本土決戦時に出撃する予定だった。
横須賀海軍航空隊で編成業務が行われ、飛行科は飛行隊長以下154名。基幹員は若い大尉3名、中・少尉10名、飛曹長・上飛曹9名と練成員からなっていた。部隊は訓練のため三沢基地に展開した。
また、三沢では同基地で直前に解隊された予科練航空隊の予科練教育未了の甲飛14期、16期の練習生が350名ほど付属していた。