第七〇一海軍航空隊〔二代〕
横須賀鎮守府所管(常設)
第七〇一海軍航空隊(二代)
【開隊】
昭和19年2月20日付、『豊橋海軍航空隊』を改称。
【所属】
北東方面艦隊・第一二航空艦隊・第五一航空戦隊
【機種】
陸上攻撃機 19年3月
艦上爆撃機 19年10月
艦上攻撃機 19年10月
艦上戦闘機 20年3月
【原隊/原駐地】
豊橋航空基地(愛知県)
【最終所属】
第五航空艦隊
【解隊】
敗戦時
【司令】
山田 豊 大佐
木田達彦 大佐
昭和19年3月?
特設飛行隊制度を導入、飛行科を攻撃第七〇二飛行隊に改称した。
昭和19年10月1日付
攻撃第二五二飛行隊 〔第一美幌基地、第一占守基地〕
攻撃第一〇二飛行隊 〔千歳基地、松輪基地〕
攻撃第一〇三飛行隊 〔千歳基地〕
が、解隊された『第五五三海軍航空隊』より編入された。
攻七〇二は香取基地へ。
「台湾沖航空戦」
攻二五二が鹿屋基地に進出、攻撃に参加。
出撃機数は「天山」艦攻20機とみられる。
引き続いて攻二五二は、フィリピンのクラーク基地群に進出。
攻一〇二、攻一〇三は、マニラのニコルス基地に進出。
レイテ航空総攻撃に参加し、その後の米軍上陸に対抗して攻防戦に終始した。
昭和19年11月15日
第三航空艦隊・第二五航空戦隊に編入。
鹿児島県国分基地に後退。
昭和20年3月上旬
戦闘第三一一飛行隊(国分)
戦闘第三〇五飛行隊(鹿児島)
が一時編入された(~27日迄)。
昭和20年8月15日時
第五航空艦隊所属
【司令】
榎尾義男大佐
*特設飛行隊と内容が重複しております。個別の戦歴については、各飛行隊の項を参照下さい。[筆者注:2005-06-02現在、まだ未完成で全飛行隊を掲載しておりません]
【特記事項】
当初は陸上攻撃機で編成された。
【参考文献】
テーマ一覧の「主要参考文献・資料」を参照下さい。
[筆者注:調査未完のため、今後大幅に加筆・改定を予定しております]
初稿 2005-02-03
第2稿 2005-06-02