第九五八海軍航空隊 | 航空戦史 雑想ノート【海軍編】

第九五八海軍航空隊

佐世保鎮守府所管(特設)

第九五八海軍航空隊

【開隊】
昭和17年12月1日
【装備機種】
水上偵察機
【原隊/原駐地】
指宿航空基地(鹿児島県) 
【最終所属】
第十一航空艦隊
【解隊】
敗戦時 


【司令】

飯田麒十郎 大佐

【副長】

【飛行長】 

西畑喜三郎 少佐  (海兵59期)  二座水偵操縦 ~18年秋頃 横鎮付:病気療養にため

【飛行隊長】

【飛行分隊長】

小野英夫  大尉  (予備2期)   水偵操縦 18年12月~敗戦




【特記事項】
ラバウルで特設水上機母艦「聖川丸」の飛行機隊を改編し開隊された。
第八艦隊に所属。開隊後まもなくショートランドに進出。

昭和18年1月15日
米陸軍のベルP‐39戦闘機1機を撃墜[被弾により零式観測機2機が空中分解]、同月23日には1機を不確実撃墜、数次の空戦を行う。

昭和18年2月16日
1528 コロンバンガラ島へ兵員や補給品の輸送に当っていた特設運送艦「能代丸」は、水雷艇「鵯」と第八根拠地隊所属の駆潜艇18号の護衛のもと、ニューブリテン島南東のセントジョージ岬付近にて、右舷4,000㍍付近より発射された魚雷4本を発見、これを回避した。
1534 上空で対潜哨戒中の九五八空の水偵が、発射点に急行し対潜弾を投下。
1540 「鵯」が爆雷9個を投下。
1546 18号も爆雷6個を投下。重油が海中から噴出すると、上部構造物の一部が一瞬水面に現れ、すぐ消えた。
1550 18号は重油の中心に爆雷3発を投下。
1620 「鵯」は米潜水艦からの思われる浮遊物を拾う。引き上げた救命筏には“フィラデルフィア海軍工廠製”の文字があった。
これが、米潜水艦「アンバージャック」の最後と認められる。艦長:J・A・ポール少佐以下、74名全員が戦死した。
【戦果】
撃沈:米潜水艦「アンバージャック」【協同:水偵/水雷艇「鵯」/駆潜艇18号】

昭和18年2月19日
1540 九五八空の零式水上偵察機2機が、ニューブリテン島南東で潜水艦に対し攻撃を行い、司令塔に直撃弾1発を命中させ、やがて重油が湧き上り、直径30㍍に
広がったと報告。
これが、米潜水艦「グランパス」の最後と推測される。艦長:J・R・クライグ少佐以下全員が戦死した。〔また、3月5日にコロンバンガラ島南方のブラケット水道で、駆逐艦「村雨」、同「峯雲」により撃沈されたという説もある〕
【戦果】
撃沈:米潜水艦「グランパス」
*「グランパス」による戦果は不明。

昭和18年4月以降はラバウルに引き上げた。

昭和18年6月30日、レンドバ島上陸の米軍支援艦船攻撃のため、再び、飛行隊長:従二重雄大尉以下の零観7機がショートランドに進出、九三八空の零観6機と合同し作戦を行う。

昭和19年5月 

第八艦隊より第一一航空艦隊に編入された。



敗戦までラバウルに在った。


 

【参考文献】

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[筆者注:調査未完につき、今後大幅に加筆、改訂を予定しております]
 

初稿  2005-02-03