第五五三海軍航空隊 | 航空戦史 雑想ノート【海軍編】

第五五三海軍航空隊

佐世保鎮守府所管(常設)

第五五三海軍航空隊

【開隊】
昭和19年2月20日付、『築城海軍航空隊』を改称
【装備機種】
艦上爆撃機、艦上攻撃機
【原隊/原駐地】
築城航空基地(福岡県)
【最終所属】
第十二航空艦隊/第五十一航空戦隊
【解隊】
昭和19年10月1日

【司令】

藤野 寛   大佐
【副長】
【飛行長】
【飛行隊長】

阿部平次郎少佐
【飛行分隊長】

相馬 功  大尉  (海兵69期) 艦攻 偵察 


【装備定数】

九九式艦上爆撃機48機
九七式艦上攻撃機48機

【所属】

北東方面・第十二航空艦隊・第五十一航空戦隊に編入。

    
昭和19年3月24日

「訓練事故」
【殉職者】

北川義明  二飛曹 (甲飛10期) 五五三空・艦爆隊  *九九式艦上爆撃機にて爆撃訓練中、空中接触し、福岡県築上郡椎田町北東三カイリの海面 
進谷省吾  二飛曹 (甲飛10期) 五五三空        *福岡県上空にて訓練飛行中

 

昭和19年3月  日付

第五五三海軍航空隊は特設飛行隊制度を導入。
艦爆隊は攻撃第一〇二飛行隊に改編、第五〇二海軍航空隊に配属された。

艦攻隊は攻撃第二五二飛行隊に改編された。

 

攻撃第一〇二飛行隊
飛行隊長:深掘直治大尉
装備定数:九九式艦上爆撃機48機

 

昭和19年4月

攻撃第一〇二飛行隊の九九式艦爆18機が、福岡県築城基地を発進、中千島・松輪島へ進出。

 

『第五五三海軍航空隊』

【航空隊編成】 
◎攻撃第二五二飛行隊
飛行隊長:長曽我部 明大尉
分隊長 :相馬 功大尉   (海兵69期) 艦攻 偵察 
装備定数:九七式艦上攻撃機 艦上攻撃機「天山」

 

昭和19年4月

攻撃第二五二飛行隊の艦上攻撃機33機が、北海道第二美幌基地に進出。
夜間雷撃に備え、九七式艦攻の一部にH‐6型レーダーを搭載したが、実用性はあまり無かった。

 

昭和19年4月29日

一部を北千島・占守島片岡基地に派遣。

片岡基地より東方海面へ毎日10コースの三五〇浬[650㌔]の日施哨戒の他、対潜哨戒を行う。

 

昭和19年5月6日付

第二〇三海軍航空隊の指揮下にあった、第五十一航空戦隊司令部付属夜戦隊の占守派遣隊[片岡基地の第一月光隊]が、指揮下に入る。              
 

昭和19年9月上旬

本隊が第二美幌基地より茨城県百里原基地に移動。
占守島派遣隊は、九七式艦攻12型4機、艦上攻撃機「天山」12型1機を片岡基地に残留させ、千葉県に              展開。

    

昭和19年10月1日付

第五五三海軍航空隊は解隊。
攻撃第二五二飛行隊は、『第七〇一海軍航空隊』に編入された。

 

【参考文献】

テーマ一覧「所要参考文献・資料」を参照下さい。

 

[筆者注:調査未完につき、今後大幅に加筆・改訂を予定しております]

 

初稿  2005-02-03
第2稿 2005-04-22 大幅に加筆、改訂 

第3稿 2005-05-30 一部加筆