第五五一海軍航空隊 | 航空戦史 雑想ノート【海軍編】

第五五一海軍航空隊

佐世保鎮守府所管(常設)


第五五一海軍航空隊

【開隊】

昭和18年9月1日

【装備機種】

艦上攻撃機

【原隊/原駐地】

元山航空基地(朝鮮咸鏡南道)
【最終所属】

 

第一航空艦隊/第二十二航空戦隊

【解隊】

昭和19年7月10日

昭和18年9月1日付

元山航空基地にて開隊


【司令】

菅原    中佐
【副長】
【飛行長】
【整備長】

大原    大尉
【主計長】

門司    大尉
【飛行隊長】

肥田真幸 大尉  (海兵67期) 操縦
【飛行分隊長】

宮里      中尉  (海兵69期) 偵察
鍵和田   中尉  (海兵69期) 操縦
吉葉   特務中尉
佐賀   特務中尉
【装備定数】

艦上攻撃機48機[常用36機・補用12機]

 

昭和18年9月1日付

第三三一海軍航空隊/艦上攻撃機隊を改編。
南西方面スマトラ島コタラジャ基地を本拠地に設定。
第二十八航空戦隊【第三三一航空隊/第五五一航空隊/第八五一航空隊】が、新編される。


昭和18年10月18日

天山艦攻24機が、内地より軽空母「千歳」にてシンガポールに入港。

 

昭和18年10月末

シンガポール進出組は整備の上、コタラジャ基地に合流。
後発の基地員と整備員は特設水上機母艦「聖川丸」に乗船、二日後にサバンに入港、物資を揚陸し小船にてコタラジャに進出。

 

天山艦攻における雷撃訓練中、突撃降下に入り、二五〇ノット前後のスピードになると、尾部の異常な振動が激しくなり、そのまま海中に突入する事故が2件続けて発生した。(うち1件はアンダマン進出後において)
原因は水平安定板の強度不足とわかり、制限速度を二四〇ノットに落とし、数機づつシンガポールに空輸し、回収作業が行われた。


昭和18年11月上旬

アンダマン諸島ポートブレア基地に、天山艦攻4機が進出。
その他、三三一空の零戦4機が派遣。
同地区の警戒任務につく。


昭和18年12月中旬

「索敵」
0300頃 天山艦攻2機が、発進。
黎明頃 西方洋上三五〇浬の哨戒線先端附近にて、潜水艦を高度2,500㍍附近にて発見。全速降下で攻撃に入るが、高度1,500㍍附近で発動機が不調となる、その間に潜水艦は急速潜航し攻撃を断念し、基地に帰投針路をとる。
30分後、反転し先刻の潜水艦発見地点に対潜哨戒高度500㍍で進入、前方に浮上途中の潜水艦を発見。
対潜爆弾4発を投下。燃料不足のため、戦果は確認出来ず。
【編成】

天山艦攻2機
攻撃隊

一番機 操縦 肥田真幸大尉
      偵察
      電信
【戦果】

未確認
【被害】

連合軍に該当潜水艦無し


昭和18年12月31日

「ラムリー島沖艦隊攻撃/ポートブレア派遣隊」    
1300 零戦4機、天山艦攻4機が発進。
敵を見ず、ラングーン飛行場に帰着。
【編成】

零戦4機 天山艦攻4機
攻撃隊

一番機 操縦 肥田真幸大尉
      偵察
      電信

直掩隊

一番機 田中 章中尉

 

昭和19年1月5日

天山艦攻隊に内南洋方面への分派が下令される。

 

昭和19年1月15日

コタラジャ基地に吉葉分隊長以下の九七式艦攻を分遣隊として残留させ、肥田飛行隊長以下の天山艦攻26機が、シンガポール・セレター基地に進出。
尾翼の補強工事が済んでない機を航空廠にて改修。

 

昭和19年1月31日

護衛空母「海鷹」に機材、人員、物資を搭載、護衛哨戒艇1隻とともにシンガポールを出港。

 

昭和19年2月3日

ボルネオ島・タラカンに入港。重油を搭載。

 

昭和19年2月4日

パラオを経由しトラックへ向かう。


昭和19年2月11日

トラック環礁・竹島に進出。整備のうえ、常駐基地の楓島に空輸。
五五一空は同じく南西方面より派遣された七五三空/一式陸攻10機とともに、第四艦隊長官の指揮下に入る。

昭和19年2月12日

肥田飛行隊長が、天山艦攻にて楓島基地に進出。

 

昭和19年2月15日現在

楓島基地 天山艦攻20機
竹島基地 天山艦攻6機


昭和19年2月16日

0330 トラック方面に第一警戒配備が下令された。
0400 五五一空の天山艦攻9機が索敵の為、楓島基地を発進。
敵を見ず。
0613 七五三空の一式陸攻2機が索敵の為、春島基地を発進。
敵を見ず。
第四艦隊司令部は、米機動部隊の攻撃は無いものと判断。
0800 第二警戒配備を下令。
0900まで 五五一空の天山艦攻9機が帰投。
1030 第三警戒配備を下令し、平常配備とした。


昭和19年2月17日現在

トラック環礁所在の航空兵力
竹島
 第二十六航空戦隊司令部
  第二〇四海軍航空隊      零式艦上戦闘機   31機
  第五〇一海軍航空隊      零式爆装戦闘機   25機
  第二〇一海軍航空隊派遣隊  零式艦上戦闘機    8機

春島
 第二空襲部隊
  第七五三海軍航空隊      一式陸上攻撃機   10機
  第五五二海軍航空隊      九九式艦上爆撃機  15機
 第一錬成部隊
  第五八二海軍航空隊      九七式艦上攻撃機   7機
                      艦上攻撃機「天山」   2機
 第二航空戦隊残留隊       九七式艦上攻撃機   9機
 第四根拠地隊付属航空隊    零式三座水上偵察機 5機

楓島
 第二空襲部隊
  第五五一海軍航空隊      艦上攻撃機「天山」  26機
 第一錬成部隊
  第二五一海軍航空隊      夜間戦闘機「月光」   9機
  第九三八海軍航空隊      零式艦上戦闘機    5機

夏島
 第六艦隊付属航空隊       零式三座水上偵察機 7機
 第四根拠地隊付属航空隊    零式三座水上偵察機11機
  第九〇二海軍航空隊      二式水上戦闘機     

                      零式三座水上偵察機
                      零式水上観測機
                      零式小型水上偵察機
        

昭和19年2月17日

「トラック上空艦載機邀撃戦」

0400頃 夏島水上機基地より九〇二空の零式水偵 3機が、索敵の為に離水。
0420 トラック基地のレーダーは、敵大編隊を捕捉。

0425頃 第四艦隊司令部は、空襲警報を発令、第一警戒配備を発令。
0445~0525 五五一空の天山艦攻8機が、楓島基地より索敵に出撃。
~0700 五五一空の天山艦攻9機が、楓島基地よりテニアン島へ避退のため発進。
1100頃 五五一空の天山艦攻2機が接触のため楓島基地より発進。

0500~1700迄 米艦載機は、九波、延べ1,250機が来襲した。

 

第一波空襲
【編成】

天山艦攻8機
一番索敵機 操縦             「〇五四〇敵空母見ゆ、トラックの四五度九〇カイリ、われ接触中」 
         偵察 宮里  中尉
         電信
二番索敵機     森   上飛曹   「〇六一〇敵発見、空母二、戦艦、巡洋艦多数、後方に輸送船見ゆ、われ接触中」 
三番索敵機
四番索敵機
五番索敵機
六番索敵機

七番索敵機 操縦 安達  一飛曹   「〇五二五敵戦闘機の追躡を受け、われ不時着」
         偵察 池田  飛長
         電信 高橋  二飛曹
八番索敵機     小島  一飛曹   「敵戦闘機と交戦中」 

             水田  上飛曹   〇六三〇敵機動部隊を発見、電信機故障のため〇七三〇頃 帰投 
【被害】

損失:天山艦攻5機[被墜1機/未帰還3機/不時着1機]

 

第二波空襲
【編成】

天山艦攻9機
第三中隊・第二小隊

一番機    藤村  飛曹長

第三小隊

一番機

第一小隊

一番機 操縦 鍵和田  中尉   グラマンF6F戦闘機と交戦、被墜 
      偵察
      電信
二番機     小島   一飛曹  グラマンF6F戦闘機の攻撃により被墜 
三番機 操縦 佃     飛長    不時着水
      偵察 大網   飛長
      電信 尾方   二飛曹
【被害】

損失:天山艦攻3機[被墜2機/不時着1機]

 

第三波空襲
【被害】

損失:天山艦攻1機[炎上] 

 

第四波空襲
【被害】

損失:天山艦攻3機[炎上]


【編成】

天山艦攻2機
第一中隊・第二小隊

一番機              接触 一四〇〇頃「われ敵戦闘機の追躡を受く」 行方不明

二番機              接触 一四〇〇頃「われ敵戦闘機の追躡を受く」 行方不明

【被害】

損失:天山艦攻2機[被墜]

 

第五波空襲
【編成】

天山艦攻4機
第三小隊

一番機              テニアン基地避退 地上炎上
二番機              テニアン基地避退 地上炎上
三番機              テニアン基地避退 地上炎上
第二小隊

三番機              テニアン基地避退 地上炎上
【被害】

損失:天山艦攻4機[炎上]


【五五一空被害】

損失:天山艦攻18機[被墜5機/未帰還3機/不時着2機/炎上8機]

搭乗員戦死:24名

【総合被害】

自爆・未帰還:67機

地上大中破:96機

昭和19年2月18日

「トラック被空襲」
0500~0830 三波、約100機が来襲。

地上施設、艦船に対して攻撃を受ける。

前日の戦闘で、戦闘機隊が全滅した為、高角砲、対空機銃のみで応戦。

 

「索敵/テニアン派遣隊」
早朝 索敵を実施、敵を見ず
【編成】

詳細不明

1000 テニアン着
【被害】

損失:天山艦攻1機[未帰還]
搭乗員戦死:3名

 

1200 天山艦攻5機がテニアン発、トラックに向う。
途中1機が発動機故障のため不時着水、行方不明。[水田上飛曹機]
1730頃 天山艦攻4機が帰投。[うち2機主脚故障のため不時着水]
【被害】

損失:天山艦攻3機[不時着水3(うち行方不明1)]
搭乗員戦死:3名
     
同日

楓島基地残存・天山艦攻2機のみ


昭和19年2月17日~18日

「トラック被空襲」

【五五一空被害】

損失:天山艦攻20機[被墜5機/未帰還5機/不時着2機/炎上8機]

【総合戦果】
空中戦果:撃墜:31機 [2月17日]
《米軍記録》

損失:25機
中破:空母「イントレピッド」[七五五空の一式陸攻により魚雷1本が命中、戦死11名、負傷17名]
【総合被害】
空中被害:自爆・未帰還:67機
地上被害:戦死・約600名[艦艇、船舶の戦死を含めず] 
炎上/大破:約200機[第一〇一航空基地隊及び南東航空庁・支庁が保管中の零戦約100機、他に70機を含む]
焼失物資:燃料17,000㌧、糧食2,000㌧
航空施設、補給施設の損害は甚大
海上被害:沈没艦艇10隻
        練習巡洋艦「香取」
        軽巡洋艦  「那珂」
        駆逐艦   「舞風」
                「追風」
                「太刀風」
                「文月」
        特設巡洋艦「赤城丸」   
        その他に3隻
       沈没船舶31隻  193,000㌧
        特設給油船「第三図南丸」      19,207㌧
                「神国丸」        10,020㌧
                「富士山丸」        9,526㌧
                「宝洋丸」         8,691㌧
        特設運送船「りおでじゃねいろ丸」 9,627㌧
                「天城山丸」       7,620㌧
                「清澄丸」         6,983㌧
                「平安丸」        11,616㌧
                「愛国丸」        10,437㌧
        その他に22隻
       損傷艦艇11隻
        水上機母艦「秋津州」
        駆逐艦   「松風」
                「時雨」
                「春雨」
        特務艦   「明石」
                「宗谷」
                「波勝」
        潜水艦   「伊10」
                「呂42」
        その他2隻
       損傷船舶2隻


昭和19年2月28日

第二航空戦隊より、天山艦攻4機を譲り受ける。


昭和19年3月4日

航空部隊改編
第五五一海軍航空隊・飛行科は攻撃第二五一飛行隊となる。
同日付で解隊した五八二空より九七式艦攻6機を譲り受ける。

 

以後の稿は、『攻撃第二五一飛行隊』に続くます。 

 

【参考文献】

テーマ一覧「主要参考文献・資料」を参照下さい。

 

[筆者注:調査未完のため、今後大幅に加筆・改訂を予定しております]

 

初稿  2005-02-03

第2稿 2005-04-23