コロナウィルス
恥ずかしながら、初めは本当に呑気に構えてました。
それが、マスクどころかトイレットペーパーがなくなり、いやそこを気にすることではないのだが、あっこれは呑気にしている場合ではないという感覚にようやくなるのだ。
物がなくなるということではなく、危機管理の甘さにようやく気づくということ。
心配性であると言っているのだが、その心配性はどこで発揮していたかというと、起こりもしない事を絶えず心配していたということを今回のことで痛感するのだ。
なので、肝心な備蓄などしたことがないから、物がなくなり始めたら、途端に困り始めたわけだ。
私の周りは、適切な危機管理のもと、キチンと備蓄している方ばかり。
その方達を見ていると、私のように予期不安で右往左往とはしていない。
今回のコロナウィルスに対しても、最初の段階で、これは大変なことになるだろうとおっしゃっていて、きちんと備えた方が良いとおっしゃっていた。
その時の私は、まだ、予期不安にばかり目を奪われ、そんなに大変なことに本当になるのかしらなんて思っていたのだ。
なんとも恥ずかしい話だ。
今回のことで、心を静かにし、適切な情報をキャッチできるような、そんな人間になりたいものだと思った。
これからも予断できない状況で、早く収束する事を願うばかりだ。