むかっときたり、いらっとしたりするかもしれませんあせる

自己判断で。。。


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飽くまで、あーくーまーでー私個人の話なので、それは違うよーと思うことも多々出てくるかも知れないのですが、すみません(u_u*)




時間がたてばたつほど、色々な意見を持つ人が現れてきましたよね。

みんなで○○しよう!だったり、それについてお祭りだと勘違いしてないかとか不謹慎だとか。

恐怖感からか気持ちを吐露したり、それをむやみやたらに煽るなといったり。

共感した話を自分の意見のように話してみたり。

誰かを責めたり、誰かを褒めたり。



いま地震被害という視点からみて極端に分けてしまえば4つのグループにおいて、それぞれの人が意見を発信しているように思います。

①救助を待っている方(はそんな状況じゃないかもしれませんが…あせる

②避難所にいることはできているけれど、あらゆる生活物資が足りていない方(被災者という言い方?)

③ライフラインは一部なり機能していないけれどもある程度確立されていて、食料品等不足しているけれど自宅は無事な方

④通常通りでまったく問題のない方



そのなかで、何かを発言していくときに①>②>③>④というヒエラルキー的なものができていることに違和感を覚えるのですが…変ですかね?あせる

私の勘違いですかね?


うーん…なんというか「未曾有の国難」といわれている中、国民全体で頑張らないと!と皆が思っている訳じゃないですか。それなのに、ああしようこうしようと言っていることに対して、「被災者が本当に求めているのはそんなことじゃない」という風にして、無闇に否定してしまうのはもったいないように思います。


例えば、東北太平洋沿岸とは比べ物にならないですが、メディアのスポットライトが当たっていない関東にもそれなりの衝撃があったわけで。そんな中でみんなで○○しよう!というのにのったり、ある意味「お祭り気分」なのかもしれませんがそれにのって気持ちの整理をしたり沈んだ気分を上げたり。どこでどんな取り組みが誰の励みになっているかはわからないと思います。


嘘の情報を正すことは本当に大事だけれど、それとはまた違う個人個人の気持ちを潰すことはもったいないなーと。。。

言い方でどうにでもなる問題だとは思いますけれどね!角の立たない言い方というか。



けれども反対に、出てきたあらゆる言葉に対して皆が吟味して「間違った方に行かないように間違った方に行かないように……」と修正したり、改善したりという空気も感じるので、わたしがもったいないとか思った「否定」に見えてしまっている意見も正しい1意見なのでしょうあせる



ただ、人の意見に安易に流されず、自分の意見を強要せず、自分の感情を他人にぶつけずに過ごすことは大事なことですよね??

それによって不要な諍いを避けられることもあるでしょうし。




極端を言えばメディアで言われていることだって同じですが、ネットでいわれていることなんて「それって本当に真実なの?」と言ってしまえば、どんな話も嘘になりえるし、ひとりの意見がまるで全員が思っていることのように見えてしまうでしょう。

その怖さを忘れずにいたいです。


本当の意味で理解できるのは自分のおかれた狭い状況、それだけです。




支離滅裂になっていないといいなと思う18でした(´・ω・`)