ほんを読んだ。
俺と同じ京都向島出身のラッパー『アナーキー』の著書、痛みの作文を読みました。
昔からのことがいっぱい書いてあって、前半は懐かしかった。
俺は登場してないけど、噂で知ってたことが書いてあったりして面白かった。この話にも出てきた、ベルファ。俺もここでよく遊んだなぁ。2階のといざらすと、スポーツショップで色々遊んだ気がする。俺らはそこまで悪さしてないから、ワイロは貰ってないけどな
そんな感じで前半は懐かしいストーリーやった。
後半は、ヤバイ。
サムライを解散して、マグマの下にいこうとしたときの親父との会話
『ロックなやつがロックじゃなくなる瞬間、ヒップホップのやつがヒップホップじゃなくなる瞬間って絶対あるから。それはやったらあかん。一番大事なものにそこで気付いた気がした』
ってところ。
俺は26歳にして、この状況に追いついた気がする。
クルマ作りが夢じゃなくなる瞬間、クルマ作りが給料を得る手段になる瞬間。
俺は、自分の作りたいクルマのイメージがあって、そのために21歳から地元のみんなとの遊びにも顔を出さずに勉強して、大学院行って、機械学会とか所属して学会に行って、たまに賞とって、大学院を首席で卒業して、奨学金免除されて、結構いい肩書きは持ったはずやった。でも会社に入れば、そんな俺もそこらの派遣のやつも同じ扱い。やってきた努力がちゃうねんってほんま言いたい。
でも結局、今の会社にはそんな奴がほとんど。
俺が同期の中でも信用してて、クルマの未来についてマジで語れる奴と、この前話してて、『クルマ作りが仕事やって割り切れるなら、今の情況は文句ない。けど割り切れんから、この会社無理やわ』って俺が言った。『そんなにクルマにかけてんの?』って返ってきた。
もうこの会社には、未来がないと感じた。
俺は、クルマ作りは夢なんよ。
風みたいなクルマ作るのが、夢なんよ。
キッカケは、19の時の彼女とのしょうもない会話から生まれた夢やけど
それでも7年もやれば、立派な夢になってる。
世界中のどこを旅しても俺のクルマが走ってること。
俺の孫が10代の俺みたいに世界を旅したとき、
アジアの片隅なんかで、俺の作ったクルマに出会うこと。
『あれ、俺のおじいちゃんが作ったクルマや』
そんな日を夢見てる
ほんまはクルマなんて無い世界が素晴らしいと思う。
地産地消って言葉にもあるみたいに、
必要以上に物や、人は移動する必要は無いのかもしれへん。
でもクルマは素晴らしい。
俺は免許とってから、色んな奴とドライブするのが大好きやった。
運転しながら色んな話をしたと思う。
そんな日々から作りたいクルマのイメージが出来上がった。
俺は来年の面談で、上司に思いを伝えようと思う。
俺はクルマ作りが夢で、そのために家族や友達と離れる決心をした。
今まで俺が築いてきた全ての物を京都に残して、一人で東京へ来た。
そこらの奴とは、覚悟が違うねん。
だから一緒にはして欲しくないねん。
上司も色んなことを明言は出来ひんと思う。
けど伝わってるって感じひんかったら、もう見切りつける。
俺は自分の可能性に賭けるしかないもん。
イメージを形にしたいってだけやもん。
出世とかどうでもいいし。
今のつまらんレベルの仕事で出世しながら、東京で暮らすくらいやったら、
一生、平社員でもいいから京都帰るわ。
俺はチャンスさえくれたら、形にしたる。
そこらの東京kidsとは覚悟が違う。
クルマの本質を見極めて、世界を制覇する。
残り8年しかない。