環境問題って、本気なら本気で議論しないと。
『エコ』と言うと、『やらないより、ちょっとでもやる方が良い』とか『小さな努力の積み重ねで温暖化はストップ出来る』と言われる。果たしてそうだろうか?
例えば、深夜営業で電力を大量消費しているコンビニ業界が、カーボンオフセットをゴール、というより盾にして深夜営業を守ろうという場合ががる。『深夜営業で電力は使うが、うちだって減らそうとしているんですよ。』という主張である。他にも色々あるが、成果など出ていない。努力を主張はするが、誰も成果に対して主張しない。オフセット努力をアピールすることがゴールになっている。
『チーム-6%』も同様である。努力しないより、努力する方がよっぽどましと思わなくも無いが、ただ成果が出ないなかにアピールばかりで、実際の環境問題への問題意識を軽減させるという重大な過失を犯してはいまいか? 努力はしているとしよう、しかも全力で努力しているとしよう。しかし成果が出ない。この場合、努力をしていますというアピールによって、本来遥かに抜本的な対応を必要とする、その取組みへの意識を削いだとして、その努力を評価出来るのか?
マイバックを持つことにより、
痛みを伴う本当に必要な対策を不要と考えてはいないか?
そして、周囲の人間にそのような誤解を与えていないか?
何となく、『これだけ皆が環境、環境って言っているんだから、何とかなりつつあるんじゃない?』と思ってはいないか?決してそんな事は無い。少なくとも、アル・ゴアも、IPCCも、オフセット努力では温暖化を止める事は出来ない事を認めている。オフセットというレベルでは、もはや問題を解決しえないのである。
企業が取り組むカーボンオフセット運動も同様である。
トータルカーボン排出量を0にするという、カーボンオフセットの成果を主張する企業はどうしているのか? 二酸化炭素産出量の削減は、先進国でより途上国での方が容易である。例えば、日本では石炭を燃やしている電力会社が、自国でオフセット活動をしたところで成果が見込めない場合、より安価なコストで途上国でオフセット活動をした方が効率が良い。では、自国での火力発電を止めず、途上国で効率の良いオフセットを実現した場合、これをカーボンニュートラルと呼んでいるが、果たして全体解決に何ら効果をもたらすのだろうか? 日本国内でカーボンニュートラルが実現出来ない時点で、既に無理があるのではないか? そして何より、温暖化問題は、全体で取り組めなければ意味が無いのではないか?
本当に環境を重んじるなら、
マイ箸より、マイバッグより、
本当に何をするべきかをきっちり理解し、議論すべきではないか?
少し厳しい書き方をするが、やらないより少しでもやった方がまし、とは限らないのである。
今のエコブーム、非常に危険だと私は感じている。
『危機』と呼ばれる状態に対し、『成果』ではなく『努力』をアピールしている時点で歪んでいる。
はし
『エコ』と言うと、『やらないより、ちょっとでもやる方が良い』とか『小さな努力の積み重ねで温暖化はストップ出来る』と言われる。果たしてそうだろうか?
例えば、深夜営業で電力を大量消費しているコンビニ業界が、カーボンオフセットをゴール、というより盾にして深夜営業を守ろうという場合ががる。『深夜営業で電力は使うが、うちだって減らそうとしているんですよ。』という主張である。他にも色々あるが、成果など出ていない。努力を主張はするが、誰も成果に対して主張しない。オフセット努力をアピールすることがゴールになっている。
『チーム-6%』も同様である。努力しないより、努力する方がよっぽどましと思わなくも無いが、ただ成果が出ないなかにアピールばかりで、実際の環境問題への問題意識を軽減させるという重大な過失を犯してはいまいか? 努力はしているとしよう、しかも全力で努力しているとしよう。しかし成果が出ない。この場合、努力をしていますというアピールによって、本来遥かに抜本的な対応を必要とする、その取組みへの意識を削いだとして、その努力を評価出来るのか?
マイバックを持つことにより、
痛みを伴う本当に必要な対策を不要と考えてはいないか?
そして、周囲の人間にそのような誤解を与えていないか?
何となく、『これだけ皆が環境、環境って言っているんだから、何とかなりつつあるんじゃない?』と思ってはいないか?決してそんな事は無い。少なくとも、アル・ゴアも、IPCCも、オフセット努力では温暖化を止める事は出来ない事を認めている。オフセットというレベルでは、もはや問題を解決しえないのである。
企業が取り組むカーボンオフセット運動も同様である。
トータルカーボン排出量を0にするという、カーボンオフセットの成果を主張する企業はどうしているのか? 二酸化炭素産出量の削減は、先進国でより途上国での方が容易である。例えば、日本では石炭を燃やしている電力会社が、自国でオフセット活動をしたところで成果が見込めない場合、より安価なコストで途上国でオフセット活動をした方が効率が良い。では、自国での火力発電を止めず、途上国で効率の良いオフセットを実現した場合、これをカーボンニュートラルと呼んでいるが、果たして全体解決に何ら効果をもたらすのだろうか? 日本国内でカーボンニュートラルが実現出来ない時点で、既に無理があるのではないか? そして何より、温暖化問題は、全体で取り組めなければ意味が無いのではないか?
本当に環境を重んじるなら、
マイ箸より、マイバッグより、
本当に何をするべきかをきっちり理解し、議論すべきではないか?
少し厳しい書き方をするが、やらないより少しでもやった方がまし、とは限らないのである。
今のエコブーム、非常に危険だと私は感じている。
『危機』と呼ばれる状態に対し、『成果』ではなく『努力』をアピールしている時点で歪んでいる。
はし