イメージ 1

その昔、サラリーマン職人だった頃、




いつも工場の裏手の細い通り沿いに、巨大な牢屋のような檻があった。
その中には、何処ぞの社長の飼うドーベルマンがいたのだけど、  、ド・えらい凶暴だった。
その檻は見るからに不衛生。 うんこもしっこも垂れ流し状態。。。
闘犬にしていたらしい・・・

なんとか仲良くなろうと、色々手を尽くしたけど、、、(餌付け・・・笑)

柵の間から手を入れようものなら、狂ったように吠え、そしてがぶりついてくる事には、
ずっと変わりは無いままだった。 
  
「ストレス」 それを与え続けるコトがその子の犬としての存在意義だったのか・・・いい闘犬だったのやもしれん。




アメリカに渡った友人は、ドーベルマンを飼っていた。
耳も尻尾も切らずにいたけど、ホント大人しい子で、、、、同じ犬種とはとても思えなかったもの・・・だ。







色んな現場で活躍する犬達。
盲導犬、警察犬、猟犬、介助犬、救助犬、セラピー犬、麻薬探知犬(笑)・・・イッパイ
それらを見ると、性格の違いはあれども、
向き不向きを決め付けるコトは出来ないのではないか・・・???
後天的な要素の左右する事の方が大きいのではないか・・・???

要は、どんな風にでも育てるコトが出来る!!!    のではないか、という事。

犬はそれだけ頭が良い。 そしてヒト(飼い主)を『見ている』=判断している。

大金払って、空虚な「訓練」という代物で型枠にはめようとしても、土台無理な話。
人付き合いと一緒=真摯に向き合うか、信頼するか、が本当のトコロだと思う。






盲導犬になれなくて、パピーウォーカーさん家に舞い戻ってきた子の友達がいた。
それはそれで良いことだ思う。
盲導犬協会から、「ノーリードで遊ばすな」という条項を破ったにしてもだ。




シュシュは今日も何処でも。。。