アテナイのアゴラに来ています。
前回のストア・ポイキレの反対側にはゼウスの柱廊がありました。
ディスカバリーモードで説明がありました。
ゼウスの柱廊
ゼウスの柱廊は建築様式によって注目を浴びました。構造は他の建物に似ていましたが、両翼が突出していたのです。上には勝利の女神、ニケの装飾がありました。
紀元前479年、ペルシアの第2次ギリシア侵攻を終わらせたプラタイアの戦いの後、「ゼウスの自由」を意味するゼウス・エレテリオス教団が設立されました。この柱廊は、紀元前5世紀後半に建てられたものです。
パウサニアスによると、記念碑にはギリシアの自由のため戦って死んだ者たちの盾が展示されていました。
アサクリでも建築構造が再現されていました。
この建物は現在は遺跡として残っているようです。
そのすぐ隣には、アポロン・パトロースという建物がありました。
以下、ディスカバリーモードでの説明です。
アポロン・パトロース
アポロン・パトロース神殿は紀元前535年頃、ペイシストラトスによって建てられましたが、数十年後のペルシア人による侵略の間に破壊されました。
ペルシア軍による冒涜を風化させないために、祭壇を除く神殿は、長く廃墟として残されました。
紀元前4世紀、ようやく新たな神殿が建設されました。
内部にはゼウスの柱廊で絵を描いた、芸術家エフラノルによる像がありました。
この神殿はアテナイ市民の起源に関係していたため、アテナイでは特に重要なものでした。
「パトロース」には「父親の」という意味があります。イオニア系ギリシアの創始者で、全アテナイ人の先祖たるイオンの父がアポロンだとする信仰からきています。
パウサニアスの「ギリシア案内記」では、ここにはエウフラノールが彫った祭神像があったと書かれています。これは、この近くで発見された巨大なアポロン像が該当すると思われているようです。
https://en.wikipedia.org/wiki/Temple_of_Apollo_Patroos







