アテネのすぐ隣、ピレウス(ペイライエウス)にやってきました。
海が近いだけあって開放的で、様々な商品やお店が並んでいました。
工房もあれば神殿もあり、当時の栄えた様子がうかがえます。
場所はこのあたり。PIRAEUSと書かれています。
前回のファリロン(PHALERUM)からさらに西で、
当時はアテネとの間に城壁に囲まれた通路があったようです。
ディスカバリーモードではツアーが組まれていて、ピレウスについて詳細な説明がありました。
ピレウスの概要
ピレウスは3つの主要セクターに分かれていました。東のゼア、ムニキア、西のカンタロス湾です。
建築家ヒッポダモスを称えて「ヒッポダモスのアゴラ」と呼ばれていたピレウスのアゴラは、ゼアの入江近くにありました。このアゴラは地元の市場としてだけでなく、政治的、軍事的な集会でも使用されました。
ムニキア湾はピレウスの中心となる軍港で、倉庫と船小屋がほとんどを占めていました。
カンタロス湾は地中海最大の天然港で、国際的な貿易場だったエンポリオンはここで開かれていました。
ゼア、ムニキス、カンタロス湾はアサクリでも再現されていました。
中心部にはアゴラも再現されていました。
商業地区
紀元前393年、スパルタのテレウティアスによってピレウスのエンポリオンが大胆な急襲を受けました。
テレウティアスはアイギナ島を拠点とする小さな艦隊の隊長でした。テレウティアスの部隊は夜明けにトリレーム12隻を率いて大カンタロス湾を攻撃し、アテナイ人を驚かせました。結果的にテレウティアスは数多くの商船を捕らえました。
この攻撃で他国の交易商人がピレウスに行けなくなったため、アテナイ経済は危機的状況に陥りました。その結果、アテナイはスパルタとの和平交渉に追い込まれたのです。
ピレウスの運営
エンポリオンで行われる取引は、アッティカの他の場所で行われる取引よりも厳しく監視されていました。規則に違反した承認は深刻な事態に陥る恐れがありました。
メトロノモイは罰金を払うよう命じ、不正をした商人を裁判所へ連行する権限を持っていたようです。市場監督官やシートピラケスも似たような権限を持っていたと考えられます。
紀元前2世紀の碑文から、政務官は基準より小さい容器を破壊して、中身を没収する権利があったと推測できます。
エンポリオン
エンポリオンを管理するエピメレテスは1年ごとに任命されました。エピメレテスの仕事には取引の監督、商品の品質保証などがありました。
法の支配を遂行し、エンポリオンの外では一切の商取引が行われないようにしました。また両替商を監視し、詐欺取引の苦情にも対応しました。
アテナイのような大都市で、エピメレテスは専門に特化した政務官たちと仕事を分け合っていました。ナウトディカイは裁判を担当し、シートピラケスは穀物の売買を管理し、ペンテコストロゴイは商業税を徴収しました。
デイグマ
アテナイはデロス同盟の盟主で、他のギリシア諸都市の交易を妨害することによって、制海権と支配力を得ました。
例えばスパルタと結んだメガリスが、アッティカとメガリスの間にある聖地を占領した時、アテナイはメガラに、アテナイ帝国に属するあらゆる湾での交易を禁止しました。メガリスの主要な経済活動を断ち切ったのです。








